想いは甘い香りに乗せて




「はい、クーイ様っ」

椅子に座って机で本を読んでいた僕に向かって
頭上−俯いているので位置的には頭の天辺付近−から
降ってきた少女の声に僕はふと顔を上げた。

「うん?」

視線を上げた先では、
銀髪の愛らしい少女が両手を突き出し、
その掌に乗っている可愛らしくラッピングされた
巾着状の物を俺に向かって差し出していた。
その少女、システィアナに視線を移すと
頬は幾分紅潮しているようにも見えた。

僕の名はクーイ、錬金術師をしている。

一昔前まではこのトルステル大陸でも
かなりポピュラーなものであった錬金術。
技術の難しさと継承者の少なさから
今ではすっかり廃れてしまっていたが
技術は未だに世の中の片隅でくすぶっている。
その大半は胡散臭い振興宗教のたぐいだけれど、
残りのごく一部、つまり僕達は
昔より続く錬金術を継承してるって訳さ。

ただ、それもあまりおおっぴらに
言う事は出来ないんだけどね。
廃れた故に錬金術そのものに
胡散臭いイメージが付きまとってしまい、
やっぱりそう言う胡散臭いものは世間って奴からは
疎ましく思われるものだからさ。

だから表向きには薬師の看板を掲げている。
そして僕はその小さな店を経営する若主人。
おかげさまで店の評判も上々で
街の人は僕が練金の徒だとは気づいてもいないだろうね。

そしてシスティアナは僕の錬金術の師から預かったこの家の同居人。
「クーイ様」なんて呼び方はしなくていいと
何度も言ってるんだけど
今のところ聞き入れてくれる様子は微塵もない。
紺色のドレスに真っ白なエプロン、
いわゆるフレンチ・メイドのいでたちで
身も心も我が家のメイドになりきっている。
こんな小さな店にメイドなんて要らないと何度も言ってるが
この件に関しては頑として譲る気はないようだった。
ったく、可愛い顔して妙に頑固なんだから・・・

「なんだい、これは?」

「えへへー、開けてみてください」

とまれ、不思議そうな顔で尋ねた僕に
システィアナは照れたように言い、
僕は黙って巾着の口を縛っていた
空色のリボンを解いて袋を広げた。

そこから出てきたのは親指ほどの大きさの黒い物体。
袋を開けた瞬間からふわりと甘い匂いが立ち込めていた。

「・・・これは?」

「チョコレートですっ」

チョコレート・・・
確か南方で産出される豆の
油脂分を抽出して作られるお菓子だっけ。
あれ、前に食べさせてもらったことあるけど、
死ぬほど甘かったんだよなぁ・・・
元々甘いものが苦手な僕にとっては
アレは責め苦以外の何物でもなかった・・・

「クーイ様、クーイ様っ!」

「うん、どうしたの?」

「クーイ様は今日が何の日か知ってます?」

「今日・・・? 僕の誕生日・・・じゃないよな・・・?」

不意に降りかかった質問に対して本気で悩んでいた僕に
その頭上からクスクス笑いが漏れてきた。
見上げるとシスティアナが口元に手を添えて
くすくすと笑っていた。
その目は「やっぱりクーイ様、分からないんですね」と
如実に語っている。

「今日はシルア様の日ですよ」

憮然とした顔つきの僕に
やはりクスクスと笑いながらシスティアナ。
僕はそう言われてようやく得心がいった。
なるほど、そういえばそんな日もあったっけ。

シルアとはこの大陸全体で信仰されている
愛情を司る女神だ。
愛情を司るだけあって女性、特に未婚の女性に
信心する人が多いのが特徴だ。
そして一年に一日のこの日には
女性が想いを寄せる男性に贈り物をすると
その想いが成就するといわれている。

神様の類を全く信じない僕にとっては
そう聞かされても苦笑するしかないのだが。

「でもよく、知ってたね。
今日がシルア女神の日だなんて」

とまれ、僅かな驚きを込めて僕がそう言うと、
システィアナは少し呆れたような目を僕に向けた。

「若い女性なら誰でも知ってますっ。
ついでに言うなら、クーイ様ほどのお若い殿方でも
よくご存知だと思いますよ」

・・・どうせ僕は世間知らずですよ。

「・・・誰でも知ってるんです。
愛する人に自分の思いを
届けることができる日なんですから」

システィアナはそう言うと僕に微笑みを向けた。
その笑顔に僕は一瞬心臓が高鳴るのを感じる。
これほど素敵な笑顔を見せる女性を僕は知らない。
だから僕は時々ある事実を忘れそうになる。

・・・彼女がホムンクルスだという事実を。

ホムンクルス。
錬金術の秘奥によって生み出される人工生命。
錬金術の遥かなる高みの一つといっても良い。
僕の師はそれを現実にすることができた。

よく魔法人形(ゴーレム)と混同されるけど
ホムンクルスには自我、心がある。
下された命令を聞くことしかできないゴーレムとは
ここではっきりとした一線を引かれる。

でも師はこの子に心を伝える前に
この世を去ってしまい、
師の遺言として僕が彼女の成長を
見守ることになった、というわけだ。

閑話休題。

システィアナはそのまま僕の目をみつめ続けると
さらに言葉を続けた。

「私には愛するってどういう事なのか、
まだよく分かりません。
でも私にとってクーイ様が一番大事な人だから・・・
だから、今日、この日にこれを贈るんです」

システィアナはそういうと顔を真っ赤にして俯いた。
言いたかったことを言ってしまって
急に恥ずかしさが込み上げてきたんだろう。

・・・その存在、その体はまがいものなれど
その心、魂はまさに真実(ホンモノ)なり・・・か。

「・・・ありがとう」

僕はそう言ってふっと微笑むと
手元のチョコレートを一片つまんで口に入れた。

僕にとって死ぬほど苦手なものだったはずのそれは
僕の口の中で溶けると
程よい甘さと幸せな気分を僕にもたらした。


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