僕の名はアノス=アレイトー。墓守だ。
僕の家はこの小さな街の片隅にある
共同墓地の管理を代々行っている。
よく人に「墓守など気味が悪くないか」と聞かれるのだが、
こんな家に生まれたからだろうか、
普通の人間は気味悪がるこの墓地が
僕にとっては最も心落ち着く場所になっているらしい。
それに、ここには僕にとって大事な人が二人いる。
だからこそ離れるわけにはいかない。
一人は僕の目の前にある墓の下。
もう10年になるだろうか、
近所に住んでいた、僕のお姉さんのようだった人で、
恐らく・・・僕が生涯で初めて好きになった人。
そしてもう一人は・・・
顔を上げて視線を転じた先、
そこには墓石の上に腰掛けて足をぷらぷらさせている少女がいた。
年中変わらぬ真っ黒な服を身に纏ったこの少女、
見た目まだ10かそこらの風貌だが
僕が彼女と知り合って10年ほどになるものの、
その間、彼女の風貌が変わることはなかった。
彼女は人間ではない。
この街に潜み、死に逝く魂を冥府へと送り届ける
死と魂の運び手−死神−なのである。
「ミリィ、冗談でも僕の目の前でそう言うことしちゃ
駄目だっていっただろう?」
そんな彼女に向けて僕は苦笑交じりで名を呼んで叱る。
ミリィと僕は呼んだが、それは彼女の本当の名ではない。
彼女曰く、「人間には発音できない名前」なんだそうだ。
それでも名前がないので名前がないと何かと不便なので
僕がミリィという名をあげた、というわけだ。
・・・それが幼い頃に飼っていた猫の名だということは
さすがに彼女にすら伏せてはあるが・・・
とまれ、ミリィはそんな僕に気づくと
ばつが悪そうにぺろっと舌を出して墓石から飛び降りた。
その際に夜目にも鮮やかな白銀色の髪が
陽光に反射してきらきらと輝く。
死神の癖にそんな愛らしい仕草がとても似合うのだから
ある意味反則である。
そして僕に向かってとてとてと歩くこの少女を見やって
僕はふと軽く目をみはる。
ミリィの目の虹彩が最上級のルビーのような真紅に染まっていた。
彼女の虹彩の色は本来はアクアマリンのような透き通った青色である。
彼女の瞳がこの色に染まるとき・・・
それはこの街の誰かに死が訪れるとき・・・
僕はそんなミリィと視線の高さを合わせるようにかがんだ。
「・・・今日・・・誰かが逝くんだね?」
「・・・うん」
静かな僕の言葉にミリィも小さな声で頷く。
そんなミリィの頭を手のひらでくしゃくしゃと撫でてやると
ミリィは猫のように目を細め、少し照れくさそうに微笑んだ後
その場からまるで霞のように姿を消した。
「・・・・・・」
しばらくミリィがいた場所を眺めた後、
僕は視線を「姉さん」の墓へと移した。
「もう・・・10年になるんだね・・・」
そう呟いて僕は意識を10年前の「あの日」に飛ばした。
小さい頃僕とよく遊んでくれた「姉さん」は
ここのところ床に臥せっていることが多くなった。
起きて外を出歩くことも出来なくなり、
窓越しに外を眺める日々が続いた。
医者の話だと心臓の病気ということらしい。
幼い頃の僕にはその意味がわからなかったけれども。
彼女の両親も彼女の病が治るよう最大限の努力をしたと思う。
でもこの街の医者には治せないし、
都市の医者や魔術師を呼ぶ金もなければ
高名な彼らの知り合いもいない。
結果として彼女は日々死に向かって
ゆるりと過ごすより道はなかったのだ。
僕にもそれは薄々にもわかったので
出来るだけたくさんの時間を彼女と過ごすようにした。
朝から晩まで出来る限りの時間を彼女について、
彼女と他愛もないことを話して過ごした。
そんなある日「姉さん」は僕にこんな言葉を投げかけた。
「ねぇ、アノス。『死ぬ』ってどう言うことなんだろうね?」
「・・・えっ?」
その言葉に、僕は一瞬背筋がぞくりとした。
「何を冗談を・・・」とは言えなかった。
実際に「姉さん」はその死に向かって時を過ごしているのだから。
だから、僕は僕なりの『死』を答えた。
「・・・永遠に目を覚まさなくなること?」
「そうね。まずはそれを思い浮かべるわね」
どうやら及第点ではあったらしい。
「他にも『死』ってあるの?」
答えはそれだけではないらしいと悟った僕は
今度は「姉さん」にそう質問をぶつけた。
すると「姉さん」は僕に向かって優しげで、
それでいてなんとも儚げな微笑を向けた。
「・・・私はね、『死』には2つあると思うの」
「・・・・・・」
僕の沈黙を話の続きを促してるととったのか
「姉さん」はそのまま話を続けた。
「一つ目はアノスが言った意味の『死』。
魂が抜けて骸になって土に還る状態」
「・・・」
「そしてもう一つの『死』は・・・
人々の記憶からも消え去り、
その人が生きた痕跡すらなくなった状態」
「・・・生きた・・・痕跡・・・」
かすれて搾り出すような僕の声に、
「姉さん」は頷くと僕の目を見据えて
僕の手を優しく取った。
「だから、私のことを忘れないでいてね。
二度も死ぬのはいやだから・・・」
そう言って彼女は冗談めいた瞳を向けたが
僕にはどうしてもそれを冗談とは受け取れなかった。
それから数週間後・・・「姉さん」は逝った。
彼女はうちの管理する共同墓地に葬られる事となり、
−このときの墓守はもちろん僕ではなく父さんだったけれども−
僕の目の前で彼女の眠る棺桶に次々と土が被せられていった。
曇天の下、親族や知己の人たちのすすり泣く声が響く。
そしてふと視線をそらしたとき、
墓地の隅でこちらに視線を向けて立っている少女、
今現在、僕がミリィと呼ぶ少女の姿を見つけた。
雲間から漏れる陽光できらきらと輝く白銀色の髪が
黒尽くめの服装に映えてとても印象的な少女だった。
だがしかし、黒尽くめの少女は僕と目が合うと、
すぐさま踵を返してそのまま姿を消してしまった。
そのときはさして気にもしなかったが、
その日の夜、何気なく窓の外を見た僕は
「姉さん」の墓の前に銀髪の少女が立っているのを見た。
そして気づいたとき、僕は家を出て彼女の目の前に立っていた。
「ねぇ、キミ、姉さんの知り合い?」
僕の声に俯いていた少女は弾かれたように顔を上げ、
驚きに目を見張って僕の顔を見た。
「ああ、ほら、埋葬する時に墓場の隅にいるのを見たからさ。
姉さんのことを知ってる人なのかなって思って」
今にして思えば分かるのだけれども、
このときの僕は彼女の驚きの意味を取り違えていた。
何故なら、彼女は「彼女を知っていた」ことではなく、
「彼女が見えた」ことに驚いていたのだから。
その理由は・・・いや、話を戻そう。
とまれ、僕のその的外れな問いと答えに、
彼女はふるふると首を横に振ると、
逆に僕に向かって問い掛けてきた。
「この人は・・・あなたのお姉さんなの?」
その問いに僕は肯定も否定もしなかった。
「僕の・・・姉さんみたいだった人。
とっても優しくって・・・料理が上手だったんだ」
「そう・・・・・・」
彼女はそう呟くと「姉さん」の墓に視線を移し、
そして今にも泣き出しそうな表情で、
まるで消え入りそうな声でこう呟いた。
「・・・・・・ごめんなさい・・・」
「・・・えっ? 何を・・・謝るの?」
僕には彼女の言葉の意味がわからず
何気なく尋ねた素朴な疑問だったが、
彼女はそれには答えず俯いたまま
もう一度「ゴメンナサイ」と呟いた。
そして再び顔を上げたとき、
僕は彼女の頬に光って流れるものを見た。
「え・・・・・・」
「だって・・・が・・・もの・・・」
そして嗚咽と共に言葉を搾り出すが、
僕には聞き取ることができなかった。
再び問い掛けた僕の耳に届いたのは
普通であれば到底信じられない言葉だった。
「だって、私が彼女の魂を送ったんだもの」
「・・・魂を・・・送った?」
何処か呆けたような僕に向かって
彼女はまさにとどめとなる一言を叩きこんだ。
「私は・・・死者の魂を運ぶ死神だから・・・」
普段なら・・・陽光降り注ぐ場所であったなら
いかに子供の僕とて冗談と一笑に付しただろう。
でも、漆黒の衣服を纏い、銀月の光に晒された彼女は・・・
確かにそう見まごうばかりの妖しさを身に纏っていたんだ。
「な・・・なんで姉さんを連れていったんだよ・・・」
「・・・それが命数だから」
死について答える彼女の声はとても硬く。
「やだよそんなのっ! 姉さんは死にたくなんてなかったんだ!」
「・・・ゴメンナサイ」
僕の激情もそれを溶かすことは叶わなくて。
いつしか彼女はしゃがみこんで
両手を耳で塞ぎながら流れる涙を拭うこともせずに
熱に浮かされたように呟いていたんだ。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」って・・・
それを見た僕は不意に思った。
もしかしたらこの子はこれまでもずっと
見えた人に罵声を浴びせられてきたんじゃないだろうか。
それこそ耳を塞ぎたくなるほどの。
そう思ったとき、僕もまた、彼女の前にしゃがみこんで
彼女を軽く抱き寄せてその頭を撫でていた。
彼女にとってそんなことは今まで一度もなかったのだろう、
驚きに目を見張り、自分がされていることを理解すると
見る見る表情を歪ませ、僕の方に顔を押し付けて
誰はばからぬ大声で泣いた。
・・・それが彼女と僕との出会いだった。
時刻も黄昏時を過ぎ、すっかり夜の帳が落ちた頃、
夕食の準備を終えて僕はミリィの帰りを待っていた。
と・・・
「たっだいまぁ〜」
やたらと元気な声でミリィが帰りを告げた。
その声に反することもなく
ミリィの表情も屈託ない笑みを浮かべていた。
「ああ、おかえり」
でも、僕は微笑んでそう言い、
彼女に歩み寄るとしゃがみこんで
ミリィの小さな体を抱きしめてこう言った。
「・・・ちゃんと送ってくれたんだね。
・・・ありがとう・・・」
ミリィはその言葉にぴくりと体を振るわせ、
僕の胸に埋めた顔を微かに頷かせた。
そしてそのまま僕はしばらくの間
ミリィの頭を撫で続けたのだった。
ミリィの存在は死を迎える人間、
もしくは愛しい人が死に逝く人間にしか見えない。
その意味では死が近づかずとも彼女が見える僕は
人間の中でもかなり例外な存在らしい。
だからこそ、見えた人間にはこう言われ続けてきたのだろう。
「お前が死神だから」、「死神のお前が連れていったから」。
僕もあの時よくこの一言を叫ばなかったものだと
今でも不思議に思うことがある。
でも、僕は今ではこう思う。
「彼女が死神でさえなかったら」と。
ミリィが死神などでさえなければ
くるくるとよく変わる表情が
とても魅力的なただの少女として存在できただろう。
全ての人から忌まれる存在。
でも、この世の中でたった一人くらいは
それを愛しむ存在がいてもいいと思う。
そしてそれが僕であることに
僕はいるかいないか分からない神に感謝している。
まぁ、死神がいるなら神だっているか。
しばらくして僕の体から顔を引っぺがしたミリィは
帰ってきたときの屈託ない笑顔に戻っていた。
今度の笑顔は彼女が元来持つ本物の笑顔である。
それを見て僕も微笑を返す。
「さて、じゃあ夕食にしようか。
今日はミリィの好きなシチューだよ」
「ほんとっ!? やったぁ〜!」
僕の言葉にミリィは瞳を輝かせる。
だが、次の瞬間何かに気づいたようにトーンを落とし、
僕の顔を上目遣いに覗きこんだ。
「あ・・・ニンジン入ってる?」
本当に表情のよく変わる少女だと感心しながら
僕は苦笑を返した。
こんな様子を見ると何処にでもいる
普通の子供と変わらないのである。
「いいや、ニンジンはミリィが嫌いだから入れてないよ」
「わーいっ、だからアノス大好きっ!」
そう言ってミリィは僕に抱きついてきた。
僕は内心でニンジンを摩り下ろして鍋に放り込んだことを
ミリィに詫びながらその頭を撫でたのだった。
僕の計画は成功したらしく、
ミリィは食事の間中幸せそうな笑顔を浮かべて
シチューを口に運んでいた。
その笑顔を眺めながら僕は
ミリィと僕をひき合わせた神だか運命だかに
願わずにはいられなかった。
この先何十年後かに、きっと僕の方が先に寿命を迎えて
彼女の手によって冥府へと導かれるだろう。
そうすれば、再び彼女とこのように接することのできる
人間が現れるのはそれこそいつの話になるか分からない。
だからこそ僕が彼女と一緒にいる間は
彼女の笑顔が絶えることないように・・・と。
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