To Dear Friend




リーン・・・ゴーン・・・

街の中央部に位置する教会の鐘楼から
朝を告げる鐘の音が街中に響く。
この街の人はこの音を聞いて朝を知り、
パン屋の煙突からは煙が立ち昇って窯の目覚めを知らせ、
日の光が朝霧を切り払うが如く、
この街もまどろみから目を覚ます。

ボクは空が白んだ、夜と朝の境界線のような
この時間が大好きだ。
少し小高い土地に建っているこの家の屋根に登ると
いまだ朝霧に包まれて少し霞む街を一望することが出来る。
ボクの一番のお気に入りの場所だ。

屋根にぺたりと座り込んで
初夏とはいえ早朝のまだ冷たい空気を胸一杯に吸い込む。
そうして吐き出すと体の中に溜まった
昨日までのよどみが全て掻き出されて
体の中がとても綺麗になったような気分になる。

そうこうしている間にも日はどんどんその姿を現し、
まるで剣で切り払うようにその光が霧を払っていく。

この街に朝が訪れたことを見届けると、
ボクは屋根からベランダに飛び降りて窓を開いて部屋に入る。
そしてまだ半分締め切ったままのカーテンを
勢いよく開いて部屋の中に大量の朝日を誘い込む。

「ぅん・・・」

すると軽い呻き声と共にもぞもぞと動くベッドのふくらみ。
・・・まったく、仕方のない奴だ。
ボクは内心でため息を吐くとベッドの上に飛び乗った。
そこで安らかな寝息を立てていたのはまだ10代前半の少女。
その幸せそうに眠る少女の頬をボクはてしてしとつつき倒す。

てしてしてし

「ぅうん・・・」

てしてしてしてしてしてし

「うぅ、後5分〜・・・」

そんなベタな寝言を吐きつつ一向に起きる気配のない少女に
ボクはついに最終手段に出ることにした。

むぎゅっ

穏やかな寝息を吐き出しつづけるその小さな鼻を
ボクはむぎゅっと押さえつけた。

「ん・・・むぐ・・・」

むぎゅぎゅっ

「んぐぐぐ・・・」

むぎゅぎゅぎゅっ

「ぐっ・・・っぷはぁーーーっ!!?」

息苦しさで顔を真っ赤にした少女が
とうとう耐え切れなくなって跳ね起きる。
ぜぃぜぃと空気を求めて喘いでいる辺り、
実は結構危なかったのかもしれない。
しかしこの小娘はボクがこうでもしないと
それこそ日が落ちる頃になって目を覚ますこともあるので
ボクは仕方無しに彼女を起こしてあげているのである。
・・・決して楽しんでいるわけではないので念のため。

しかしこの小娘はボクに感謝するどころか、
一通り空気を補給して一段落するとキッとボクを睨んで、
ボクの襟首をむんずと掴むと
そのまま自分の顔の前にぶら下げたのである。

「このバカ猫っ!殺す気っ!?」

彼女が目の前にぶら下げている黒く愛らしい猫
−まぁ、ボクのことなのだが−
は、そんな彼女の剣幕にもヒゲ一つ揺らすことはなかった。

おっと、ボクとしたことが自己紹介もまだだったね。

ボクは猫である。
名前はアル。正確には黒猫の姿を形どった妖魔だ。
ちなみに年齢は・・・一応不詳ということで。
少なくとも100を下らないとだけは言っておこう。
そして無礼にもボクの襟首を掴んでぶら下げているこの小娘は
名前をリリアといい、一応魔術師の端くれではある。
もっともボクに言わせれば嘴の黄色い未熟者でしかないが。

この世界において魔術師
−この場合の魔術師は魔術が使える者ではなく、
魔術を使って生計を立てるもの、または魔術を探求するものを指す−
は、ほぼ例外なく魔術師同盟という
いわば魔術師の相互共助組合とでも言うべき組織に属しており、
この小娘、もといリリアもその一人である。

ただ、普通、この年頃の新米魔術師であれば
同年代の少年少女らと共に寄宿舎において
訓練に明け暮れているのであるが、
リリアに関してはそうではなく、
この街に部屋を借りて同盟より回される依頼をこなして
その報酬で生計を立てるという成人魔術師と
同等の扱いを受けていた。
もっとも、回される依頼は彼女に応じた簡単なものが多いが。

それは、彼女が内に擁する魔力が同年代のそれと比べて
ケタ違いに強大であるというのもあるが、
まーなんというかそのー、
彼女のちょっとばかり活発すぎる性格が災いして・・・
つまりは同盟の大人たちも彼女を持て余して
その寄宿舎を追い出してしまったというわけだ。
しかし彼女が時折発揮するその魔力とセンスは
下手な成人魔術師のそれを軽く凌駕する。
なんと言っても齢10歳にして
完全なる自我を持つ高位の妖魔たるボクを呼び出し、
使い魔として契約をすることが出来たのだから。

ボクもさすがに数百年ぶりに呼び出した魔術師が
どんな大層な奴かと思ってみたら
こんなションベン臭いチビジャリだったのだから、
その驚きも察して余りあるというものである。

「ほら、アル!何やってるの?
朝ごはん買いに行くよー!」

・・・おっと、ボクの状況説明の間に身支度を済ませたらしい。
戸口でボクを呼ぶリリアに駆け寄ると、
石畳に影が長く伸びる早朝の街へと繰り出したのだった。



「うーん、今日もいい天気だねぇ・・・」

行きつけのパン屋で買った焼きたてパンと牛乳、
そして果物屋の青年にもらったリンゴを手に
公園のベンチで朝食としゃれ込んでいた。
こんな暖かな陽気の日は、
家の中で食べるよりもこういうところで食べると
同じ物でも意外と美味しく感じるのである。

"それはそうと、そろそろ仕事の舞い込む頃だな"

そして、ボクが思念で話し掛けた言葉に、
リリアが頷きを返す。
別に人間の言葉程度、話すのに何の苦労もないのだが、
さすがにそれを誰かに聞かれたりすると拙いので
通常はこうやって思念で話し掛けることにしている。

とまれ、彼女もまた(一応は)一人前と同じ扱いである以上、
同盟から回される仕事をこなして依頼料をもらわないと
この先の生活が成り立たない。
例えこの街の人々が親切で、彼女に対してかなりの
便宜をはらってくれているとしても、だ。

「そうだねぇ。楽な仕事だといいんだけ・・・」

ふと僕に返事を返していたリリアの言葉が止まる。
訝しんで見上げると、リリアは食べかけのパンもそのままに、
遠い目である一点を眺めていた。

そこにいたのは一組の母子。
まだ10にも満たないであろう少年が
母親と手をつないで公園を歩いて横切っていた。
そしてそれをリリアはなんとも形容しがたい
複雑な表情でただ眺めていたのだった。

今現在、リリアには家族と呼べるものはいない。
ボクもあまり詳しくはないのだが、
同盟の人間に聞いた話では、
彼女は文字通り「買われてきた」娘らしい。
同盟の組織の中で感知に長けた者がいて、
赤子の身にも関わらず、人間という器の中に
すこぶる大きなポテンシャルを秘めたこの子を見つけ、
小さな商家の若夫婦であった彼女の両親に
大金を握らせて彼女を同盟へと引き取ってきたらしい。

まったく、反吐が出そうな話ではあるが、
そういういきさつがあってか、
リリアは同盟の中でも一種特異な存在であった。

そして同盟の大人たちも彼女にそう接してきたため、
リリアもまた同年代の子供のように甘えるということを
ボク以外の他人に対してはおよそしない子供だった。
同盟の中にも彼女に親身に接するものはいるが、
それは愛情ではなく同情や憐憫からくるものであると、
リリア自身がそう理解してしまっているために、
その親切を受け取りはするものの、
それに無条件に甘えかかることは決してしなかった。
わざわざ保護下にある同盟から飛び出してきたのも、
そのような場所に息苦しさを感じ、
そこから逃げ出したかったのだろうということは想像に難くない。

ボクはぷるぷると頭を振って嫌な気持ちを振り払うと、
いまだ遠くを眺めているリリアの手の甲をぺろりと舐めた。
猫特有の舌のざらりとした感触に
意識をこちらに引き戻されたリリアは
見上げるボクと目を合わせるとにっこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ」とでもいいたげに。
こういうときのリリアはまだほんの子供であるにも関わらず
とても大人びた表情をする。
・・・ボクは正直それが気に入らない。

「あっ!」

ボクはそんなリリアの手に残っていたパンにかじりつくと
それをはぐはぐと食い始めた。

「あーーーっ! 私の朝ご飯んんんッッ!」

リリアは絶望的な声で叫ぶと、
ばっとボクからパンを引き剥がした。
フン、いつもの表情に戻ったな。
子供は子供らしい顔をしていればいいのだよ。

「猫が人様のもの食べようなんて10年早いのよッ!」

そしてボクの頭に拳を入れつつリリアが怒鳴る。
・・・いや、10年どころか、
これでもボク、ン百年は生きてる妖魔なんですケド・・・
ひりひり痛む頭を抑えつつ僕が内心で発した呟きは、
だが当然ながら彼女に聞こえることはなかった。



あの後、部屋に戻りはしたものの、
特にこれといった仕事も来ていなかったリリアは
暇を持て余して街の中心にそびえる教会へとやってきていた。

講壇で説教を垂れ流す神父や
ここにはいない誰かに向けて必死で祈りを捧げる女性。
しかしながら説教を真摯に聞くほど大人しくも、
必死で祈りを捧げるほどの悩みもないこの小娘は
教会の脇に入り込むと、
そこで掃き掃除をしていた、金髪を肩の所で揃え、
まだ新しい僧衣に身を包んだ少女を捕まえていた。

「・・・しかし、よっぽど暇なのねー、アンタ・・・」

そんなリリアに向かって金髪の少女、ユーニスは
呆れたような様子を隠そうともせずに呟いた。
ユーニスとは、半年ほど前にリリアがこの街に越してきて間もなく、
ふとしたことをきっかけに知り合ったのだが、
歳が近いからか妙に馬が合ったのか、
今では暇を見つけてはこうやってお喋りに興じている。

本来犬猿の仲である魔術師同盟と教会の事を思えば、
尼僧と魔術師が仲良く笑いあうなどという構図は
見ようと思っても見れるものではないのだが、
そこはやはり子供ゆえの無邪気さか、
彼女たちの仲はごく自然と深まっていったのだった。

「しょうがないじゃん。お仕事来ないんだもん」

そんなユーニスにリリアは苦笑してみせる。
神に仕える身にしてはえらくぞんざいな口調のユーニス。
本人曰く、「まだ新米」らしいからだそうだが、
そんなもんなのだろうか・・・

「そんなに暇だって言うなら、ほらっ」

「ぅえ?」

そしてユーニスは建物の隅に立てかけてあった
もう一本の箒を掴むと、リリアに突き出した。
それをリリアは目を丸くしつつも受け取った。

「「ぅえ?」じゃなくって。
二人で掃けばその分早く終わるでしょ?」

「ああ、そうだねっ」

そう言って笑いかけるユーニスにリリアは喜色満面で頷く。
・・・騙されるな小娘ッ。
上手く利用されてるんだということに気付けッ。
・・・まぁ、そこに気付かない辺りがお子様なのだが・・・
あーあー、嬉しそうに箒振り回してまぁ・・・
なんか、あの表情を見てると指摘するのも
馬鹿らしくなるというものだ。

しかし、この二人を見ていると、
魔術師同盟と教会が反目しあう仲であるようには見えないな。
まぁ、どちらかといえばこの二人が異端なのだろうが。
それは時折付近を通る尼僧達の表情を見れば
その反目が今も続いていることは明らかだ。
寄らず触れず遠巻きに眉をひそめる彼ら。
そんな奴らが「慈悲」だの「救い」だのを説くなど、
ボクに言わせれば笑い事以外の何物でもないが。
まぁ、それでも魔女狩りの如く排除されないだけ
ましといえばましではあるか。

この街の教会はこの国でも最大級の規模ではあるが、
それでもたかが、そう、たかが魔術師一人ではあるが排除せずに
少なくとも表面的には交流を保っていられるのはおそらく・・・

「あらあら、今日も仲がいいわね」

ひょいっ。

そこに不意に柔らかな声が割って入り、
同時にその声の主にボクは背中から抱き上げられた。
誰かなんて確認するまでもない。
この教会でこの新米シスター以外に
平気でボクらに近づく人間といえば・・・

「あっ、カタリナさん」

子供二人も彼女に気付いて異句同音に声をかけ、
彼女自身も二人に挨拶を返した。

やはり・・・。

今ボクを抱き上げたこの女性、シスター・カタリナは
まだ20代半ばの若いシスターなのだが、
その穏やかな物腰と慈愛に満ちた心から
巷では聖女との呼び声も高く、
この教会内での発言力もすこぶる高い・・・らしい。
現に、彼女がこうやって平然と接してきているため、
他の尼僧たちは表立って我々を排斥することが出来ないでいる。

その意味では感謝すべきなのだろう。
・・・が、ボクははっきり言ってこの女が苦手である。
なんというか、まるでつかみ所がないのである。
普段はのんびりしていて頭の回転が鈍そうにすら見えるのだが、
時折、周囲のありとあらゆることを、
それこそボクの存在すらまでをも見通しているかのような
錯覚に陥らせるのである。

「ところで、ユーニスちゃん。あのお話、聞いてくれた?」

一人人間が増え、お喋りにも拍車がかかってきたところで
不意にカタリナはユーニスに向かって尋ねかけた。

「あっと、そうだった」

忘れるところだった、と照れくさそうに舌を出したユーニスは
リリアの方に向き直ると

「ねぇ、リリア。あなた、今晩暇?」

やおらそう尋ねかけた。
いきなりの、しかも全く要領を得ない質問に

「え、あ、うん。今は仕事もないから暇だよ」

リリアも頭の上に?マークを浮かべながらも頷いたのだった。
それを見たユーニスはうんうんと満足げに頷いた。

「よかったぁ。じゃあ今夜、あなたの部屋に行くからね」

そしてやはり投げかけられる要領の得ない質問に
さすがのリリアも

「それは構わないけど・・・一体どうしたの?」

と、困惑顔で尋ね返した。

「今はヒミツ。じゃぁ、日が落ちきった頃行くからね」

しかしそれにもユーニスは笑顔のまま
口元で人差し指を1本立てるのみであった。
同様にボクを抱きかかえたままのカタリナもまた
ニコニコと穏やかな笑顔を浮かべていた。



そしてその日の夕刻、そろそろ日が沈もうという頃。
リリアは大きめのクッションを抱きかかえたまま
ベッドの端にちょこんと座って困惑した表情を浮かべていた。

「ねぇ、アル。ユーニス、私に何の用なんだろう?」

ボクの方を見ずに、ゆらゆら小さく揺れながら
リリアは一人で小さく呟いた。

「さぁねぇ。あの様子だと別に気にすることもないと思うけど」

いたって気楽に答えたボクの言葉に
リリアは小さくうーんと唸る。
そしてその答えが出ないまま、日は落ちきってしまい、
程なくして扉をノックする音が響いた。

「はーい・・・あ、いらっしゃーい」

リリアが扉を開けると、
そこにいたのは相も変わらず僧服姿のユーニスと、

「あれ、カタリナさんまで・・・?」

リリアの驚きの呟きの通り、
ユーニスの後ろに小さな籠を持ったカタリナが立っていた。

「こんばんわ、リリアちゃん。お邪魔してもよろしいかしら?」

そしてそうにっこりと笑いかけたカタリナに
リリアは慌てて道を開けて二人を部屋へと招きいれたのだった。



「しっかし、相変わらず飾りっ気のない部屋ねぇ。
もうちょっとこー、女の子っぽいものとか置けばいいのに」

「んー、私あまりごちゃごちゃしたの好きじゃないんだよ」

部屋に入ってクッションに腰掛けるや否や、
周りを見回して遠慮のない意見を述べるユーニス。
それに対して少し照れくさそうに笑うリリア。
まぁ、確かにリリアの部屋はこの年頃の少女からすれば
驚くほど飾りっ気がない。
可愛いものが嫌いというわけではないが、
さっぱりしたのが好きなんだそうだ。

「はいリリアちゃん。これ、開けてみて?」

そして同じくクッションに腰をおろしたカタリナは
持っていた蓋付きのバスケットを
3人で作った三角形のちょうど中心に出し、
それをリリアに開けるよう勧めた。

「え?何、これ?」

言われるままにリリアが籠の蓋を取り去ると、
そこから微かな温かさと共に香ばしい香りが漂ってきた。

「わぁ〜・・・」

籠に入っていたのはまだ焼き上げてさほど時間もたってないだろう、
食欲をそそる香りを上げる固焼きのケーキだった。

「わぁ、おいしそー。・・・あれ、何か乗ってる」

そしてその上に添えるように乗っていた
二つ折りのカードを手にとって開いてみた。
それを見たユーニスとカタリナがそっと目配せをした。

「あ・・・・・・」

そしてあがるリリアの呟き。
・・・・・・?
ボクはひょいっとリリアの肩にぶら下がって
そのカードを覗き見た。
そこに、お世辞にも綺麗ではない字で書かれていたのは
『Happy Birthday to Eunice』という短い言葉。
そうか、今日は・・・

「・・・私のお誕生日・・・覚えててくれたんだ・・・」

震える声で呟くリリアに、
今度はユーニスがまるでリリアに抱きつくようにして
首の後ろの方に手を回してきた。

「え・・・?」

突然のことに驚くリリア。
そしてユーニスが自分の体を引き剥がしたとき、
リリアの首から下がっていたのは
銀色に輝く小さなプレートを鎖で下げたペンダントだった。
見るとそこにやはり綺麗とは言い難い字で文字が刻まれていた。

「・・・親愛なる友リリアへ・・・ユーニス・・・」

「・・・お金ないから、
あんまりいいの作れなかったんだけどね」

呆然とプレートに刻まれた言葉を読み上げるリリアに
照れくさそうに笑うユーニス。
しかしリリアはそんなユーニスにふるふると首を横に振ると
そのまま俯いてしまった。

「って、どうしたのリリ・・・」

訝しげに首を傾げたユーニスが下から覗き込むと、
そこには、ぽろぽろと大粒の涙を流すリリアがいた。

「へ・・・っだね・・・。うれし・・・っく・・・のに・・・
なん・・・なみだ・・・っく、とまらな・・・」

「リリア・・・。あと・・・えと、その・・・」

感極まって涙を流すリリアに
さすがにここまで喜ぶとは思っていなかったのか、
幾分狼狽気味のユーニス。
その手も、抱きしめてやればいいのか、
頭を撫でてやればいいのか、
どうしてよいやら分からずに宙を彷徨っていた。

普段ならボクも面白げに眺めているところだが、
今夜に限ってはそうするのが酷く野暮ったく思え、
ボクは静かに彼女らに背を向けると玄関から表へと出た。

そして戸口にしゃがみこんで
夜空に浮かぶ月を眺めていたボクの背後で
ボクほどではないが静かに扉を開いて誰かが出てくる気配がした。
そしてボクの隣にすとんと腰をおろした。

「お隣、お邪魔するわね」

そう穏やかにボクに笑いかけたのはカタリナだった。
・・・彼女も抜け出してきたのだろうか?
じっとその顔を見上げるボクの視線を気にする様子もなく、
カタリナは軽く膝を抱えると、
ボクが先ほどまでそうしていたように月を見上げた。
ボクもそれに習って月を見上げる。

「リリアちゃん、喜んでくれてよかったわ」

そして不意にそう呟くカタリナ。
思わず「そうだね」と人の言葉にしてしまいそうなのを
慌てて飲み込んでボクはニャァと鳴いてみせた。
そんなボクにカタリナはくすっと笑みを漏らす。

「・・・やっぱり私には話し掛けてはくれないのかしら?」

からかうようなその台詞にボクは内心ギョッとした。
この女、ボクが普通の猫じゃないことを・・・知ってる?

「リリアちゃんとお話するみたいに、
私ともお話して欲しいんだけどなぁ〜」

今度は一転、ねだるような声色のカタリナ。
ぐ・・・ぐぐ・・・

「・・・何時何処で知ったんだ・・・?」

観念して搾り出すように尋ねるボクに、
カタリナは満面の笑みを浮かべる。

「うふふ・・・、アル君達が初めてこの街に来たときかな?」

「・・・なっ!?」

カタリナ曰く、ボクらが初めての町で戸惑って
ぼそぼそと密談しているのを偶然聞いてしまったらしい。

「・・・で、いつかお話できたらなぁ〜って思ってたの」

あくまでニコニコと話すカタリナにボクは頭を抱える。

「お話できたらって、アンタほんとに教会の人間か!?
普通の教会の人間は妖魔なんて見かけたら
嬉々として退治しようとするもんじゃないのか?」

「ほら、私、争いごとって嫌いだから」

思わずまくし立てるボクに、
あくまでおっとりにこやかに返すカタリナ。
・・・いかん、頭が痛くなってきた。



「・・・まぁいいや。
とにかく、今日の事に関してだけは感謝するよ。
あんな嬉しそうなリリアを見るのは・・・初めてだ」

いささか強引に軌道修正して早口にそう呟いたボクに、
カタリナは一瞬目を丸くしたものの、
すぐに微笑みの表情を取り戻した。
しかしそれは先ほどまでのニコニコ顔ではなく、
細めた瞳に慈愛をたたえた微笑だった。

「お礼を言うのは私の方・・・かな?
ユーニスちゃんと仲良くしてくれて、
私、リリアちゃんにはほんとに感謝してるの」

その言葉に思わず首を傾げるボク。
あの小娘ほど明るければ友人には事欠かないように見えるが。
そんなボクの内心の声が聞こえたわけではないだろうが、
カタリナは複雑な微笑を浮かべると視線を夜空の月に戻した。

「あの子は・・・ほんの1年程前までは
ストリート・チルドレンだったの」

「・・・・・・」

「世の中の全てを敵視しているような目をしていたわ。
私はそれがあまりに可愛そうだったから、
教会につれて帰ったの」

彼女を助けたかったの、とカタリナは言う。
しかしそれは・・・

「・・・でも、それは私の自己満足。
今の現状が果たして彼女の救いになっているのか、
それは私にもわからない・・・」

まるで懺悔するかのように呟くカタリナ。
今のその姿には、人々の懺悔を聞き届け
慈愛の微笑と共に許しを与える聖女の面影はなかった。

「でも・・・、リリアちゃんの存在、
それだけは間違いなくユーニスちゃんの救いになってるわ」

「同じ境遇を有するものとして、か?」

少し苦々しく呟いたボクに、
しかしカタリナは微笑みながら頷いた。

「ええ。あのカードとプレートの文字、見た?」

「ああ。ずいぶんヘタクソな字だったが・・・」

ボクの遠慮のない物言いにカタリナはくすりと笑いを漏らす。

「アレはね、ユーニスちゃんが書いたのよ。
まったく字を知らなかった1年前から勉強して・・・
まだ満足とは言い難いけど、
それでもあの子が一生懸命心を込めて書いた字なの」

「・・・・・・」

「二人とも前向きだけれど、一人じゃ弱い子達。
だから、同じような痛みを持つ二人の存在は
きっとお互いを支えあえる」

「そう・・・だな。そうであって欲しいとボクも願うよ。
僕はリリアを守ることは出来ても
そういう意味で彼女の支えになることは・・・出来ない」

「ええ、それは私も同じ。
だから・・・今後とも仲良くしましょう?」

そうにっこりと笑ってボクをそっと抱き上げるカタリナ。

「・・・別にボクたちまで仲良くする理由はないだろう?」

そんなカタリナにボクはぷいとそっぽを向く。
正直ボクはあまりべたべたと馴れ合うのは苦手だ。
しかしボクが素っ気無くそういうと、
カタリナはあからさまに不服そうな表情になった。

「え〜、どうしてぇ〜?」

「ええぃ、文句たれながら肉球を触るなっ!
ボクはそこ触られるのがキライなんだ!
ってほんと苦手なんです、お願いですから
肉球をぷにぷにと弄くるのだけは勘弁してくださいいやマジで」

最後は何だかよく分からない懇願になるボク。
しかしそんなボクの一生懸命なお願いなど聞こえた風もなく、
カタリナは「きもちいぃ〜」などとほざきつつ
ボクの肉球をぷにぷにといじり倒していた。
と、そのとき玄関のドアがガチャリと開き、
そこからリリアが顔をひょっこりと覗かせた。

「アル〜? あ、なんだカタリナさんと一緒だったのね」

リリアがそういうと、横に並んでユーニスも顔を出す。

「カタリナさん、そんなところで寒くないですか?
暖かいお茶入れましたから皆でケーキ食べましょ」

ああっ、助かったッ!?

「あら、ありがと〜。ゴメンネ、ほったらかして。
さっ、じゃあ入ってお茶にしましょうか」

ユーニスの言葉にカタリナは聖女の顔に戻ってそう言うと、
そのまま二人を促して再び部屋の中へと戻ったのだった。
ちなみに部屋に行く間もケーキを食べている間も
カタリナの指がボクの肉球から離れることはなかった。

「・・・カタリナさん、ずいぶんアルを気に入ったんだねぇ」

そんなボクらの様子に目を丸くするリリア。
うぅ〜、やっぱこの女苦手だッッ!


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