#2 東海の龍




エスカがこの船、海賊船ヴィルマーク号に乗り込んでから数日、
彼女は何とかこの船に自分の居場所を作り上げつつあった。

「ん・・・? なんだありゃ」

ある日のこと、とある部屋の前に人だかりができているのを
ユゥラは発見した。
見ると、なにやら大人数でその部屋の中を覗き込んでいるようであった。

「・・・なにやってんだ、おまえら?」

流石に訝しげにそう尋ねるユゥラに、
中を覗き込んでいた男の一人が唇のところに
人差し指を一本立てて、
もう一方の手の指で部屋の中を指し示した。
黙って船長も見てみてくだせぇ、ということらしい。

言われるままにするのは気に食わなかったが、
それもなお好奇心は隠すことができなかったので
扉の隙間からひょいと片目だけを覗かせた。

「・・・こんな部屋あったっけか?」

ユゥラの目の前に広がっていたのはいわゆる厨房だった。
だがしかし、彼が記憶する限り
こんな整頓された厨房はこの船には存在しないはずであった。
そしてその厨房の中で忙しなく動き回っていたのは
この船の何処にそんなものがあったのか、
真っ白なフリルのエプロンを身に付けたエスカだった。
さして大きいわけではないが、
一人で動き回るには幾分スペースのあるその部屋で
エスカはまるでリスのように細々と動き続けていた。
そのたびにエプロンの端に着いたフリルがふわふわと揺れる。

そんなユゥラの気持ちを理解したのか
周りの男たちもうんうんと頷く。

「あの嬢ちゃんが、ここまでにしたんですよ」

「・・・エスカが?」

いったん顔をユゥラに向けた男の一人が
厨房の中を視線で指し示しながら言い、
再びその視線を厨房の中の少女へと戻す。
その視線につられてか、
ユゥラもまたその視線を厨房のエスカへと向けた。

(・・・しっかし、料理なんてできんのかね、アイツ)

そう内心でひとりごちつつ眺めるが
エスカの動きに危なっかしいところは見られない。

(まぁ、あの調子なら人の食えるものは出てきそうか)

本人が聞いたらさぞ気を悪くしそうな感想を漏らしつつ
ユゥラは未だにたむろしてる男たちに
片っ端から蹴りを入れつつその場を離れたのだった。



「・・・・・・旨い」

だがしかし、彼女が並べた料理を口にしたユゥラは
しばしの間絶句するとやっとのことで
その一言を搾り出したのだった。

「えっへっへー」

旨いというその言葉よりも
エスカは何よりもユゥラのそのリアクションに、
形のよい胸をそらしながら勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「どう? なかなかのもんでしょ?」

「なかなかというかなんと言うか・・・うーむ・・・」

まるで信じられないものでも見ているような様子のユゥラ。
ユゥラですらこうなのだから、
周りの男たちからは途切れることなく
「旨い!」だの「最高!」だのといった賛辞が飛び交っていた。
その様子に苦笑しながらもユゥラはフォークを置くと両手を挙げた。

「いや、こいつは参った。
この船の上でこんな旨いものが食えるとは思ってなかった」

「そ、そう・・・? ア、アハハハ・・・」

流石に度重なる賛辞にエスカもまた照れくさそうではあったが。
そんなエスカを前にユゥラはしばし黙考すると、
「・・よし」と呟いた。

「? ユゥラ?」

訝しげなエスカにユゥラはニコリと笑いかける。

「エスカ、明日から、いや今晩の皿洗いからでいい。
こいつらの中で使えそうな奴を3人ほど選んで
好きなだけこき使ってくれ」

「・・・え? えっ?」

いきなりのことにあっけに取られるエスカ。
対照的に男たちの中からはわっと歓声が上がった。

「人間って奴は一旦いい目を見ちまうと
中々元の生活に戻るなんてことはできなくてな。
あの厨房の中ではお前の好きなように振舞ってくれて構わない。
だから、こんな旨いもん食わせた責任はちゃんととってくれよな」

そんなエスカにユゥラは悪戯っぽくそういうと片目を閉じた。

そうして、数日前には拾われた客人であった少女は
たった数日で海賊船のある意味心臓部分を
乗っ取ってしまったのであった。



それからさらに数日、彼らの乗る船は
その進路の先に久方ぶりの陸地と街がその姿を見せた。

「船長! 前方にキライの街が見えてきやしたぜ!」

見張り台で望遠鏡を覗いていた船員が
手元の伝声管に向かって声を張り上げる。
そしてそれは船長室で海図を睨んでいたユゥラの元へと届いた。
それを聞いたユゥラはその顔に
微かにわかる程度の複雑な苦笑を浮かべ、
しかし、その表情を声には微塵も出すことはなく
船長室から続いているすべての伝声管の蓋を上げて声を張り上げた。

「野郎ども! この船はもうすぐキライの街に到着する!
美味い酒を一杯やりたきゃ、もうしばらく気張りやがれ!」

その声が更なるやる気を起こしたのかどうか、
船はいつもにも増して快調に海の上を滑り、
エスカにとっては数日振りの、
ユゥラや他の船員にとっては数週間ぶりの
陸地へと到着したのだった。

そうして街に寄航したユゥラたちの船が
次々と船員たちを吐き出していく中、
エスカは桟橋に渡された橋板を目の前にして陸地を眺めていた。

「・・・何やってんだお前?」

「ひゃあぁっ!?」

そんなエスカに向かって突如背後から声がかけられ、
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
しかしそれに驚いたのは相手も同じであったようで、
慌てて振り返ったエスカの目の前には
軽く目を丸くしているユゥラの姿があった。

「あ、な、なんだ、ユゥラ・・・」

どこか呆けたようなエスカにユゥラはあからさまに
呆れたような視線を向ける。

「なんだはこっちの台詞だ。
さっきから陸を眺めて動かずにボーっとして。
船から下りたくないのか?」

「い、いや、そういうわけじゃないんだけど・・・ゴニョゴニョ」

「あん? なんだって?」

途中から聞き取りづらくなったエスカの言葉に
ユゥラは耳を近づけて促した。

「だから・・・その・・・私、泳げないから・・・
手すりのないこんな細いタラップは渡るのが怖くて・・・」

その言葉に目を丸くするユゥラ。
恥ずかしさからか顔を真っ赤にして見上げるエスカに
ユゥラはしかし何も言わずにエスカの手を取り、
タラップを陸に向けて踏み出した。

「え・・・あのっ!?」

ユゥラの不意の行動に思わず声を上ずらせるエスカ。

「これなら歩けるだろ?
万一お前が目を回してここから足を踏み外しても
俺がこの手を離さないでいてやるから安心しろ」

「・・・・・・」

ユゥラの言葉に今度はエスカが目を丸くする。

「ん、どうした? これでもまだ不安か?」

「そうじゃなくて・・・その・・・笑わないの?」

「・・・? 何をだ?」

「・・・泳げないこと」

消え入りそうなエスカの言葉に、
だがしかしユゥラは今度こそ呆れたような視線をエスカに向けた。

「そりゃ人間、できないことの一つや二つあるだろ。
俺だってお前みたいな美味い飯、逆立ちしたって作れないぜ?」

「うー・・・」

「まぁ、それでもこのタラップくらいは
渡れるようになってもらわないと困るが・・・
今日のところはこれで勘弁しといてやるよ」

ユゥラはそう言うとふいとそっぽを向き
再びエスカの手を引き始める。
しかし、後ろから眺めていたエスカから見ても
ユゥラの耳までもが赤く染まっていた。
どうやら彼自身もこれはかなり照れくさいことであるらしい。
そう思うと、エスカの口元にも自然と笑みがこぼれるのだった。



「ねぇ、これからどうするの?」

港に降りたエスカが前を歩くユゥラにそう尋ねると、
ユゥラはその問いには答えずに手近に留まっていた船員を手招いた。
そして二言三言何かを伝えた後、エスカを振り返った。

「エスカ、すまないがこいつと一緒に
先に酒場のほうへ向かっててくれないか」

「それは構わないけど・・・ユゥラは?」

その問いにユゥラはニヤリとした笑いで答えた。

「ちょっと・・・な。
心配しなくてもそう時間はかからねぇから
ちょっとだけ待っててくれないか?」

「うん、わかった。・・・それじゃあ道案内お願いね」

「へいっ」

ユゥラの言葉に微笑みで返したエスカは、
傍らの船員を振り返り、また船員も丁重な口調でそれに答えた。
まだ乗船して間もないエスカだが、
食事という船員たちの命綱を司っているせいか、
一部の船員からは既に尊敬に似たものを寄せられるまでになっていた。
もちろんそれはエスカの朗らかな人柄によるものでもあるのだが。
とまれ、一時的にユゥラと行動を別にすることとなったエスカは
自分の少し前を歩く船員について歩き、
目当てらしい酒場に到着した。

一見どこにもありそうな大衆的な酒場だが、
場所が港町であるせいかその客も船乗りが多いように見受けられた。

「さぁ着いた。船長が来るまでもうしばらくかかるだろうから
流石に先に始めてるわけにはいかないがね」

案内をしてくれた船員の軽口にエスカも「そうね」と笑って頷いたが、
改めて酒場を見回してみると回りは屈強な男たちばかり。
その中でまだ少女と呼んでもいいくらいのエスカの姿は
明らかにこの場から浮いていた。
そして脇から不意に何者かがエスカの腕を掴んだ。

「きゃっ!?」

見るとそばのテーブルに居座っていた男が
明らかに泥酔した目でエスカを見上げていた。

「ねぇちゃん、そんなとこに突っ立ってねぇで
俺たちに勺の一つでもしてくれよ」

「ちょっ、放してよ!」

エスカは慌てて身を引こうとするが
男の手はがっちりとエスカの腕を掴んでおり、
簡単には振りほどけそうになかった。

「いいじゃねーか、ちょっとくら・・・いででっ!?」

が、突如男の顔が苦痛に歪む。
あっけに取られたエスカが
酔っ払いの腕を掴むもう1本の腕の先を見上げると、
そこには口髭を蓄えた精悍な顔立ちの男が立っていた。
男は鋭い目で男を見下ろしながら腕を一振りしただけで
酔っ払いを椅子から引き摺り下ろす。

「まったく、礼儀のなっていない男だな」

雰囲気に違わぬ豊かな声で呆れたように呟く男に、
酔っ払いの方も我に返り、自分を引き倒した男を睨み上げた。

「てめぇ、何しやがる!ただですむと・・・」

「ほう?」

男が口元に笑みを浮かべた瞬間、
エスカには周囲の温度が下がったように感じられた。

「貴様が、俺に、何か、するのか?・・・この『龍』に?」

一言一言を区切るように話す男だが、
最後の一言で酒場全体がざわりとざわめいた。
酒場のあちこちから「『竜』だって・・・?」だの
「なんでこんなところに・・・」だのといった囁きが
エスカの耳に届く。
目の前の酔っ払いも例外ではなかったようで、
目を大きく見開いて口をパクパクさせていた。

その言葉の意味がこの酒場の中でただ一人わからなかったエスカは
傍らに立つ船員に囁きかけた。

「・・・ねぇ、有名な人なの?」

「有名も何も、このお人は・・・」

髭面の強面の水夫が顔を強張らせながら囁き返そうとしたその時、
そのとき酒場の入り口から新たな声が割り込んだ。

「なんでぇ、『龍』のおっさんとは珍しいな」

その一言に今まで龍と名乗る男一人に呑まれていたその場の空気が
不意に緩んで割り込んだ声の方へと向けられた。
『龍』も例外ではなく、酒場の入り口に視線を向け、
そしてその目が軽い驚きに見張られた。

「ほぅ・・・ジュニアか?」

その呼びかけに戸口に立つ少年、ユゥラは困ったような苦笑を浮かべる。

「ジュニアはやめてくれよ、おっさん。
もうそう呼ばれて喜んでるような歳でもねぇよ」

「ふっ、お前など俺から見ればまだまだ尻の青い餓鬼よ。
・・・と言いたいところだが、しばらく見ない間に
以前よりもさらにいい面構えになってきたな。
ルドヴィーク=ロジャーJr.いや、ユゥラ=ロジャー」

静かなその一言は酒場を更に驚きのどよめきで包んだ。
だがユゥラはそのどよめきを聞き流し、
傍らで状況が飲み込めずにぽかんとしているエスカに視線を向けた。

「さっきから騒がしかったみてぇだけど、何かあったのか?」

「え? えー、まぁ、ちょっとね」

誤魔化すように笑うエスカにユゥラはしかしそれ以上は追求せずに
カウンターの中のマスターを呼ぶと片手に収まるほどの皮袋を放り投げた。
慌てて受け取ったマスターがそれを開くと、
そこに詰まっていたのは眩いばかりの金貨であった。
驚くマスターにユゥラは悪戯っぽく片目を閉じる。

「なにやらうちのが迷惑かけたみてぇだしな。
周りの奴らにもそれで振舞ってやっちゃくれねぇか」

ユゥラのその言葉に、今まで妙な雰囲気に包まれていた酒場は
一気に歓声に包まれた。
そうして再び元の雰囲気に戻った酒場で
ユゥラとエスカ、それに『龍』が同じテーブルに着いた。
が、しかし・・・

「・・・さっきから何むくれてんだよ、エスカ?」

「・・・私、別に迷惑なんてかけてないもん」

どうやらさっきのマスターとのやり取りを気にしているようであった。
そんなエスカにユゥラは思わず噴出した。

「気に障ったんなら謝るよ。だが、あの時は建前ででも
ああいうのが一番よかったのさ。
お前が原因の一端だったのは事実なんだろう?」

「う・・・そりゃあ・・・そうだけど・・・」

二人のやり取りに、不意に低い、しかし愉快そうな笑い声が割り込んだ。
見ると、『龍』が片手で自分の顔面を抑えてその肩を震わせていた。

「やれやれ、お前たちを見ていると飽きないな」

「何だよ、そりゃ」

「いや、お前ももうそんな年頃になったのかとおもってな。
そりゃあ、俺も歳を取るはずだ」

そういって再び喉の奥で笑う『龍』。
その言外の意味に気づいた二人は顔を真っ赤にして
イスを蹴立てて立ち上がった。

「「違う(います)っ!」」

それを見た『龍』はますます可笑しそうに笑うのだった。



「そういえば、お嬢さんの名前をまだ聞いてなかったな。
よければ教えてもらえるかな?」

「私? エスカ=フルミナよ。私も貴方の名前を聞きたいな。
まさか龍が本名じゃないんでしょ?」

「もちろんだとも。俺の名はセルバンテス=イーゲル。
見てのとおり、ただの海賊さ」

周囲が戦々恐々とした雰囲気の中で
至ってにこやかに自己紹介を済ませるエスカと竜ことセルバンテス。
そんな二人を今度はユゥラが興味深そうに眺めていた。

「おっさんがただの海賊とはよく言うぜ。
おっさんがただの海賊なら、四方中央の海で海賊を名乗れる一家なんか
両手の指の数ほどもなくなるぜ」

「・・・? どういうこと?」

そんな中、ユゥラがからかうように言った言葉にエスカは首を傾げる。

「陸の人間はあまり知らないことなんだがな。
この海は船乗りの間では5つのエリアに区切られてるんだ。そうだな・・・」

ユゥラは何かを求めるようにテーブルの上に視線を走らせ、
ナプキンが載せられた皿の上で視線をとめて、
そこに酒に浸した自分の指を近づけた。。

「このプレートを世界全体だと思ってくれ。
そしてこの世界はここに中央・・・」

と、ナプキンの中央に丸を描き、

「そしてこんな具合に・・・」

と、丸の部分をよけて×の字に指を走らせた。

「・・・東西南北の海に分かれてるんだ」

「ふんふん」

手に持ってるグラスの中身をこくこくと飲み干しながら
それを興味深そうに眺めるエスカ。
いつの間にかセルバンテスが注いで渡していたらしい。

「手前味噌だが、この中央の海は親父の一家が縄張りを張ってる」

「うん。この辺りの人間なら誰でも知ってることよね」

「ああ、そしてだ・・・この東方の海。
この海を統べてるのが、今目の前で酒かっくらってるこのおっさんなのさ」

そういいつつ、ユゥラはセルバンテスに悪戯っぽい目を向ける。

「え、えーーーーっ!? なんでそんな人がここにいるの!?」

エスカもまたセルバンテスに視線を向けながら素っ頓狂な声を上げる。
セルバンテスはそんなエスカにますます面白そうな視線を向けたまま
軽く肩をすくめた。

「なに、ちょっとした野暮用という奴さ。
自慢じゃないが部下が優秀だから、
俺がふらふら出歩いてもどうということはないのさ」

「ほざけ、この放蕩船長が。部下の苦労が目に見えるようだぜ」

それに対して即座に憎まれ口で返すユゥラ。
セルバンテスもそれをにやりと口の端を上げてやり過ごすが、
不意にその視線を引き締めるとエスカに向けた。

「俺の方こそ尋ねたいな、お嬢さん。
どうして君の様な堅気の年端の行かない女の子が海賊船などに乗っている?
まさか、この小僧に誘われたわけでも、攫われたわけでもあるまい?」

その視線はその理由を尋ねているのと同時に
ここはお前の居場所ではないと明確に告げていた。
今ならまだ引き返せるとも。
その視線の意味を敏感に感じ取ったエスカもまた居住まいを正すと、
セルバンテスの強い視線に負けるまいと
己の視線に強い意思を込めてここまでの成り行きを話して聞かせた。

「ふぅむ・・・なるほどなぁ。
しかしだ、結末を知りたいというだけなら
それこそこの街に残って小僧に首でも持ってきてもらえばいい。
お嬢さんが海賊船に乗っている必要はないだろう?」

セルバンテスの言葉にエスカは視線をテーブルに落とす。

「・・・確かにそうかもしれない。
私が乗ってたってユゥラたちの邪魔にしかならないのかもしれない」

でも、とエスカは顔を上げて視線をセルバンテスに向ける。
それは先ほどにも増して強い意思の込められた視線だった。

「それでも、私はあいつらが許せない。
私の知らないところですべてが終わってるなんて我慢できない」

そう言ったきりセルバンテスを睨み続けるエスカ。
セルバンテスもまたその視線を真っ向から受け止めていたが
ふとその視線を緩めるとその口元に笑みを浮かべた。
先ほどまでユゥラに向けていたような皮肉げな笑みでもなく
エスカに向けていたような紳士的な笑みでもなく
何かが吹っ切れたような心地よさげな笑みだった。

「なるほど、この目にやられたか、ジュニア?」

悪戯っぽい視線を向けながらユゥラを揶揄するセルバンテス。

「・・・うるせぇよ」

憮然とした表情でそっぽを向きながらも
その言葉を否定しなかったユゥラに、
今度こそセルバンテスは見事な口ひげを揺らして呵呵と笑うのであった。

「お嬢さん、いやエスカ。俺も君が気に入った。
俺にできることがあれば喜んで力にならせてもらうよ」

だがしかし、その言葉に返したのはユゥラの厳しい口調だった。

「いらねぇよ。うちの縄張りのことはうちでカタをつける。
余計な手出しするんじゃねぇぞ」

「ちょ、ちょっとユゥラ・・・」

さすがに慌ててエスカがたしなめるが、
しかし、セルバンテスはその言葉に怒ることもなく
それどころかさもありなんと頷いたのだった。

「確かにそうだな。ならばお手並み拝見といこうか」

そういってセルバンテスは手元のグラスの酒を一気に煽ると
そのまま酒場を後にした。

「ふう・・・」

一人減ったテーブルにやれやれといった風情で肘をつくユゥラだったが、
不意に自分に向けられる視線に気づいてそちらへ目を向けると
グラスを両手で包み込むようにして持ち、
じっとユゥラの顔を睨むエスカがそこに居た。

「・・・? どうかしたのか?」

訝しげなユゥラにエスカは持っていたグラスの中身を一気に煽ると
空になったグラスをダン!とテーブルの上に強く置いた。

「ぷはぁっ! ・・・ちょっとユゥラ、
アンタさっきからちょっと失礼じゃないの!?」

勢いよくそう言ってユゥラの顔を睨み続けるエスカ。
いや、睨むというより既にその目は据わっていた。
見ると、頬の辺りもあからさまに上気している。

「・・・おいエスカ、酔ってるなお前?
そーいや、さっきからおっさんがなんかカパカパ注いでたみてーだが・・・」

と、なにやらぶつぶつと説教し始めたエスカをよそに、
まだ中身の入っているボトルの中身を自分のグラスに注いで一口含んでみた。

「・・・ぶっ!?」

そして嚥下する暇もなく霧となって吐き出される酒。
安酒ではないがかなり度数の強い酒である。
吐き出す先に燭台でもあればユゥラの口からは
火が吐き出されていたことであろう。

「あんのボケオヤジがー・・・こんなもんエスカに飲ませてんじゃねーよ」

いささか呆れたように毒づくユゥラだったが、
ふと気づくとさっきまで耳に届いていたエスカの説教がいつの間にか途絶えていた。
見ると、真っ赤な顔をしたエスカがテーブルの上に突っ伏していたのだった。

どうやら、先ほどまでは緊張で酔うこともできなかったものが
それが途切れた瞬間に一気に体中に回ったようであった。

「やれやれ・・・」

どこか苦笑じみた呟きを漏らしたユゥラは、
完全につぶれてしまったエスカを肩に担ぐと
まだまだ騒いでいる船員たちを残して酒場を抜け出したのだった。



「ぅん・・・」

軽くうめいてエスカが目を覚ましたとき、
その目の前に広がっていた光景は満天の星空だった。

(・・・えーっと、私は・・・確かユゥラたちと酒場に入って
そこでセルバンテスさんも一緒にお酒飲んでで・・・)

と、そこからの記憶がぶつりと途切れていることに気づいたとき
不意に頭上から声がかかった。

「よぅ、目が覚めたか?」

どこか揶揄するような響きの声。
ついと視線を傾けるとそこには海の色の瞳で見下ろすユゥラの顔があった。

「ユゥラ・・・? ここどこ?」

「ヴィルマークの上だ。潰れちまったの覚えてないのか?」

苦笑交じりのユゥラだが、しかしその見下ろす目が妙に近い。
そして先ほどから後頭部に伝わる温もりが
ユゥラの膝を枕にして寝かされていることに気づいたとき、
エスカはまるでバネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。

「な、な、な・・・!?」

首筋まで真っ赤になって全く舌の回っていないエスカを
ユゥラは目を丸くして眺めていた。

「おいおい、あんまり跳ね回るとまた倒れるぞ?」

「倒れ・・・って、ひょっとして私、酔い潰れちゃったの・・・?」

だからそう言ってるだろ?と、肯定の代わりに肩をすくめて見せるユゥラ。

「そりゃ、あんな酒を水みたいに飲んでりゃ倒れもするさ」

「う・・・」

呆れたようなユゥラの声にがっくりと肩を落とすエスカ。

「けれどまぁ、この港を出たらしばらく羽目をはずすこともできないからな。
今のうちに楽しめたならそれもいいさ」

そういうユゥラの何気ない口調に、
だがしかし何かいつもと違う何かをエスカは感じた。

「・・・? どういうこと?」

「・・・奴の居場所がわかった」

「・・・っ!?」

問い返すエスカに静かな声で答えるユゥラ。
囁くようなその声は、しかし何よりもはっきりとエスカの耳に届いた。

「この街を出たら、およそ1週間で戦闘に入る。
平和的な結末なんてありえねぇんだから、心の準備を済ませておけ」

そういうとユゥラはエスカを足元からすくい上げるように抱き上げると
そのままキャビンへの扉を蹴り開けた。

「ちょっ、ちょっとっ!?」

あからさまに狼狽して真っ赤になったエスカに
ユゥラは抱きかかえた姿勢のまま笑いかける。

「だから今日のところはゆっくり休みな。
まぁ、あの呑みっぷりじゃあ明日は頭痛で寝込むことになるだろうがな」

「私、一人で歩けるからっっ!?」

「ほざけ、あれだけぐでんぐでんになってた奴が何言ってやがる。
階段から足踏み外して怪我でもされた日にはこっちが困るんだよ」

「そんなことしないったら! こら、降ろせーーーっ!」


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