「と、いうわけで」
「便利な言葉ですよね。『こんなこともあろうかと』とかと同じで」
「…ちょっと真美。水を差さないでちょうだい」
蔦子と笙子ちゃんが成り行きで野球をすることになってしばらく、真美さんに呼び出され新聞部室に来てみると、そこにはいつもと同じ姉妹漫才を演じている三奈子さまと真美さんの他に、学年も所属もバラバラの五人の生徒が集まっていた。ただでさえ狭い新聞部室が大変な人口密度になっている。
「えー。皆さま既にご存知の通り、この度薔薇の館の方々と野球をすることになり、我々もメンバーの選出を進めていたわけですが、ようやく九人の精鋭を集めることが出来、今日、ここにその皆さまに、お集まりいただいたわけであります」
まばらに起こる拍手。野次が飛ばないだけマシかもしれない。
「では、それぞれ自己紹介を。まずは私、ご存知の方も多いかとは思いますが、新聞部所属の築山三奈子です。よろしくお願いいたします」
多いと言うか、知らない人はいないだろ、この中には。もちろん、そんな突っ込みも声には出さない。
「それじゃ、年長の方から順番に、ということで」
と、視線に促されるようにまず立ち上がったのは、剣道部の部長だった。
「えっと…剣道部部長、野島と申します。よろしくお願いします」
「一つ、いいですか?」
野島さまが席に座ろうとすると、蔦子が手を挙げて言った。思わず中腰の姿勢で固まってしまう野島さま。
「え?はい。なんでしょう」
「あの…『野島』さまって、苗字ですよね?お名前はなんとおっしゃるのかな、と」
「………秘密です」
「あれ?野島が姓で部長が名じゃなかったの?」
三奈子さまの言葉に、場が凍る。いくらなんでもそれはないだろう。真美さんも頭を抱えてしまっていた。
「…それはともかく、次の方、自己紹介お願いします」
いつまでも場を凍らせておくわけにもいかないと思ったのだろう、真美さんが野島さまの隣の生徒に声をかけた。
「え?あ、えっと、鵜沢美冬です。三年生、帰宅部です」
「三年生は以上ね。じゃあ、次は二年生。真美からね」
さっき場を凍らせた張本人は、そんなことどこ吹く風の様子。さすがである。
「新聞部、山口真美です。姉がご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いいたします」
「ちょ、ちょっと真美っ!なんて事を言うの?私がいつ迷惑なんてかけたっていうの?」
「じゃあ、次蔦子さん、よろしく」
隣で騒いでいる三奈子さまを鮮やかに無視して、真美さんは蔦子へバトンを回してきた。
「写真部、武嶋蔦子です。よろしくお願いします」
「剣道部、田沼ちさとです。部長ともども、がんばります!」
「テニス部、桂です。桂です、桂です!全国の皆さん見てますか?桂です!苗字は永遠の秘密です!一部では実は皇室関係者か?とか言われてますけど、多分そんなことはありません。桂、桂をどうかよろ…」
「落ち着いて桂さん、もうわかったから」
最近出番がめっきり減ったせいか、色々とたまっているようだ。放っておくといつまでも続きそうな雰囲気を察知してか、真美さんが止めに入る。
「え?あ、これは失礼しました。オホホホホ…」
「…とりあえず二年生はここまでね。じゃあ最後一年生、よろしく」
そう言いながら目で日出実ちゃんを促す真美さん。先行きが心配になったのか、眉間のしわがさらに深くなっている。
「はい、えっと、新聞部所属、高知日出実です。何かよくわからないことになってしまいましたが、とりあえず頑張ります」
「写真部、内藤笙子です。蔦子さまからロザリオを頂くためにも、是非とも勝利を収めたいと思います!」
…へ?その時の蔦子は、さぞかし間抜けな顔をしていただろう。思わぬ発言に、場がどよめく。三奈子さまにいたっては、好奇心という名のオーラが全身からあふれ出ている。
「な、ちょ、ちょっと笙子ちゃん?いつからそんな話に?」
「え?この野球に勝ったらロザリオをいただけるんじゃなかったんですか?」
「誰もそんなこと言ってません!」
「やっぱり蔦子さまは、私のことお嫌いなんですね…」
「いや、だからそういうことじゃなくって…」
そんな表情でそんなことを言われては困ってしまう。この場でそれは反則でしょと、思わず悲鳴をあげたくなる。
「はいはーい、痴話喧嘩はそのくらいにしてもらえますか?」
どうしようかとおろおろしていると、ニヤニヤとしか表現のしようがない表情を浮かべながら、三奈子さまが声をかけてきた。意地悪な言い草ではあるが、とりあえずは助かったらしい。
「で、今日は自己紹介もあるんだけど、ポジションと打順を決めたくて、集まってもらいました。まずはポジションから決めていこうと思うんだけど、いいかしら?」
ぐるっと全員を見回す三奈子さま。特に異論を唱える人もいない。
「じゃあ、まずはピッチャーだけど…のじ」
「はいはい!!はい!!私がやりたいです!」
三奈子さまの声をさえぎって自己主張をするのは桂さん。予想外の方向からのアピールに、さしもの三奈子さまも言葉に詰まった様子だ。
「あー…えっと、桂さん?もしかして、ピッチャーの経験がおありだったりします?」
「いいえ!一度もありません!でも、テニスなら任せてください!」
気持ちいいくらいにきっぱりと否定する桂さん。庭球と野球は違うだろ、というのが、その場全員の一致した意見だったと思う。
「桂さん、実は桂さんにはショートをお願いしたいと思ってたんだけど…」
「ショートですか?」
「そう。ショートといえば、内野の要、華よね。桂さん、テニス部でしょ?テニス部で鍛えたそのフットワークを生かしてほしいなぁ…なんて思ってたんだけど…」
心底残念そうに調子のいいことを言う三奈子さま。でも、その言葉を聞いて桂さんの顔が輝く。
「華!わかりました!任せてください!見事に舞ってみせます!」
「そう?じゃあ、桂さんには是非、ショートをお願いするわ。で、ピッチャーは野島さん、お願いできるかしら?」
「ええ、お受けします」
後から聞いたところによると、あれはその場での口からでまかせだったらしい。元々ピッチャーに関しては野島さまで、ということで三奈子さまと野島さまの間で話がついていた、ということだった。
「野島さんの参加条件が、ピッチャーやらせて欲しい、だったのよ。あれで結構乗り気だったのよねー、彼女も。だから、桂さんが手を上げた時にはどうしようかと思ったわよ。ま、うまく丸め込めてよかったけど」
というのが三奈子さまの談だった。相変わらずの口八丁である。
「さて、これでピッチャーとショートは片付いたわけだけど。続いては司令塔、キャッチャーについて。蔦子さん、予定通りお願いできるかしら?」
「本当に私がやるんですか?」
誘われた時に言われたことは本気だったのか、と改めて思う。
「リリアンでも一二を誇る頭脳派。その頭脳は、キャッチャーにこそ生かすべきだと思わない?」
「はぁ…。他の方に異存がなければ、お受けしますが…。特に野島さま、よろしいんですか?私がキャッチャーで」
「是非ともお願いするわ」
桂さんのことを考えると、どこまで本気でいってるのかよくわからない。とはいえ、場の一致した意見ということであればしょうがない。蔦子はキャッチャーのポジションを受けることにした。
「よし、これで三ポジション目。次はファーストとサードだけど…ファーストは日出実ちゃん、サードはちさとさん、いかがかしら?」
「わ、私がサードですか?」
「ちさとさんは、剣道で鍛えた反射神経でサードを死守して欲しいの。三遊間は重要なポジションよ。それだけに見せ場も多いと思うわ」
「本当に私でよろしいのなら…」
「いいと思うわ。やっぱり三遊間は運動神経のいい人のほうがいいと思うし」
蔦子がそう言うと、全員がうなずく。これで、ちさとさんの心も決まったようだ。
「わかりました、そういうことなら、お受けします」
「日出実ちゃんもそれでいいかしら?」
「はい…頑張ります」
日出実ちゃんの返事を聞いて、満足そうにうなずく三奈子さま。
「よし、これで一三塁のラインは固まった、と。続いて外野にいくわ」
「って、三奈子さま。セカンドがまだ決まってないようですが」
ピッチャーに始まり、ショート、キャッチャー、サード、ファーストときて外野にいってしまうと、セカンドが置き去りだ。
「さすが蔦子さん、鋭いわね。セカンド・センターのセンターラインは、私と真美の新聞部最強コンビで鉄壁の守りにするつもりよ!」
「…はぁ」
また真美さんの眉間のしわが深くなったように見える。自分で鉄壁と言い切ってしまうあたりはさすがだ。
「いいわね真美!私の背中は任せたわ!蟻の子一匹逃さない、華麗な守備を見せるときよ!」
「と、姉は申しておるのですが、そういう布陣でよろしいのでしょうか、皆さん」
やる気満々の三奈子さまを前に異論を唱えられる人なんて、そうそういるものじゃない。もちろん、今この場にはそんなつわもの、いるはずもない。
「あとは、ライトとレフトだけど…。美冬さんと笙子ちゃん、じゃんけんで負けたほうがライト、ってことでよろしく」
今までの、それなりに説得力のある(?)配役から一転、あまりに投げやりな言葉に一同唖然とする。
「な、なんで私たちだけそんなに扱いが軽いんですかっ!」
憤然とした様子で笙子ちゃんが立ち上がる。美冬さまも不満げな表情を浮かべていた。
「別に面倒くさくってこんなこといってるわけじゃないわ。ライトとレフトというポジションは、どちらも同じような重要度のポジションだし、それに美冬さんと笙子ちゃん、実力も似たような感じじゃない。じゃあ、いっそのことじゃんけんで決めてもらった方が手っ取り早いと思ったのよ」
笙子ちゃんの剣幕にちょっとたじろぎながらも、もっともらしいことをいう三奈子さま。
「もちろん、くじ引きでも、話し合いでも、決闘でもなんでもいいけど」
本気とも冗談ともつかない三奈子さまの言葉を聞いて、笙子ちゃんも力が抜けてしまったらしい。美冬さまのほうを見て尋ねた。
「…ということらしいんですけど、どうされますか?いっそ、こぶしで語り合ってみますか?」
「それも面白そうだけど、それで怪我しちゃったら野球どころじゃなくなるし。おとなしくじゃんけんで決めましょう」
笙子ちゃんの軽いボケをあっさりといなす美冬さま。案外、この二人は気が合うのかもしれない。結局じゃんけんの結果、美冬さまがレフト、笙子ちゃんがライトと決まった。
「よし!これでポジションはOK、続いて打順にいくわ。まず桂さん」
「はい!」
「あなたには五番をお願いしたいのだけど」
「五番ですか…?」
やや不満そうな桂さん。やはり四番を打ちたいのだろうか。
「クリーンナップトリオのトリを飾るのは、やっぱりスターだと思うのよ。四番がスターのように語られることが多いけど、実際、打点とかが多いのは五番、っていうケースも多いみたいね。四番を食っちゃうくらいの活躍を期待したいんだけど…」
「わかりました!まっかせてください!」
桂さんをショートに押し込んだ時と同じような話術に、桂さんあっさり陥落。打順に関しても、野島さまとの密約があったらしい。
「で、その桂さんにつないでもらうのが、三番ちさとさんと四番野島さん、いかがかしら?」
「私はかまわないわ」
「…お受けします」
割とやる気満々の様子の野島さまと、やや自信なさげなちさとさん。そろって剣道部だが、その表情はやや対照的だ。
「続いて一番二番。蔦子さん・真美の、名づけて『七三眼鏡ツートップ』で、どうかしら?」
「名づけないで下さい」
一気に脱力する。真美さんにいたっては机に突っ伏してしまった。
「あら、まずかったかしら。普段の盗撮と取材で鍛えた俊足は、こういうときにこそ生かすべきだと思うんだけど」
「いえ、別に打順について異論があるわけじゃなくて…もういいです。次いってください。真美さんも、『打順に関しては』異論がないと思うので」
「あらそう?じゃあ続きいくわね」
ちらっと真美さんのほうを見て、三奈子さまが続ける。真美さんは机に突っ伏したまま、手だけを振っていた。見ようによっては拒否の意思表示にも見えるが、実際のところは「もう勝手にして」といったところなのだろう。
「とりあえず、六番七番を私と日出実ちゃんで固めて、八番九番を…」
「はい、私が八番、笙子ちゃんが九番、ということにしました」
美冬さまの言葉に笙子ちゃんがうなずく。さっき二人でこそこそ話していたのは打順の話だったのかと納得する。
「…あら、そう」
先回りされたのが面白くなかったのか、つまらなそうな顔をして三奈子さまは答えた。
「ということで、七番でいいかしら?」
と日出実ちゃんに聞く三奈子さまだけど、この状況下で異議を唱えられるはずもない。もっとも、別段異議が出るとも思わないが。はたせるかな、日出実ちゃんの口からは
「はい、がんばります」
という答えしか出てこなかった。
「っよし!これでポジションも打順も決まったわ!決戦の日が楽しみね!」
ノリノリの三奈子さまを見て、周りのメンバーの様子をうかがってみる。真美さんはいまだ机に突っ伏したままだけど、他のメンバーは思いのほか乗り気のようだ。桂さんはやる気を隠そうとしないし、野島さまからも隠し切れない興奮が感じられる。そんな様子を見ていると、まぁ、ちょっと自分も頑張ってみようかなと、そんなことを思った蔦子だった。
| 打順 |
名前 |
ポジション |
| 1 |
武嶋蔦子 |
捕手 |
| 2 |
山口真美 |
中堅 |
| 3 |
田沼ちさと |
三塁 |
| 4 |
野島部長 |
投手 |
| 5 |
桂 |
遊撃 |
| 6 |
築山三奈子 |
二塁 |
| 7 |
高知日出実 |
一塁 |
| 8 |
鵜沢美冬 |
左翼 |
| 9 |
内藤笙子 |
右翼 |
隣に並んで歩く子をチラッと見て思う。まさか、こんな早い段階でこの子を薔薇の館まで連れてくることになろうとは、思ってもみなかった。
「…どうかなさいましたか?」
そんな由乃の視線に気がついたのだろう、菜々が聞いてくる。
「ん?いや、別に。まさか、こんなことになるなんて思ってもなかったものだから」
「そうですね…私もかなりびっくりしました」
江利子さまから挑発されて引っ込みがつかなくなった由乃は、結局菜々を薔薇の館へと連れて行くことになってしまった。
「できればあなたが高等部に進学してから、招待したかったわ…」
「でも、面白そうなお話ですし。いい機会だと思っています」
そう。菜々はこういう子だ。江利子さまが見抜いていた通り、菜々はこういう話を断るような子じゃない。説得する必要もなく、菜々は野球大会への参加を快諾した。それはいいんだけど…。
「…なんか、緊張するわね、こういうのって」
志摩子さんが乃梨子ちゃんを薔薇の館に初めて連れてきた時の気持ちがよくわかる。まして菜々はまだ中等部の生徒。いわば部外者だ。
「由乃さまでも、緊張することってあるんですね」
だと言うのに、菜々は憎たらしいほど落ち着いている。
「…なんか、随分と酷いことを言われた気がするわ。あなたのその落ち着きが妙に悔しいわね…」
「え?これでも結構緊張はしてるんですよ?でも、それ以上に楽しみで」
「とても緊張してるようには見えないわ…」
「だから、それ以上に楽しみだと申し上げたんです」
「あ、そ」
気持ちいいくらいに堂々としている。こんな姿を見せられると、ますますこの子以外を妹に、なんて気分にはならない。とりあえず、祐巳さんに早く妹ができることを祈るのみだ。
「さ、ついたわよ」
「ここが薔薇の館ですか…」
さしもの菜々も、薔薇の館を前にしてちょっと緊張している様子。その様子を見て、やっと由乃の気持ちも落ち着いてきた。というよりも、開き直った、というほうが近いか。
「ようこそ、薔薇の館へ」
菜々のほうに向き直って、大げさに一礼する。そんな由乃を見て、少し硬くなっていた菜々の表情も元に戻ったようだ。同じように、大げさに一礼を返す菜々。
「本日はお招きにあずかり、光栄の至りであります」
そして二人で笑いあう。よし、と一つ気合を入れて、薔薇の館の中へと足を踏み入れた。階段をぎしぎしいわせながら二人で上ってゆく。
「結構古い建物なんですね…」
「私も最初思ったわ。階段踏み抜いちゃったらどうしよう、とか」
この階段をはじめて上る人はみんな思うことだと思う。でも、今まで踏み抜いたという話は聞いたことがないから、結構丈夫なんだろう。階段を上りきったところで一度足を止め、後ろの菜々を見る。菜々が軽くうなずいたのを確認して、由乃はドアを開けた。
「ごきげんよう」
部屋の中にはいつものメンバーがそろってる。
「ごきげんよう。ようこそ薔薇の館へ。有馬菜々さん」
「ごきげんよう、初めまして、菜々さん。よろしくね」
「ごきげんよう菜々さん。どうぞこちらへ」
祥子さまと祐巳さんが極上の挨拶でお出迎え、乃梨子ちゃんが椅子を勧めてくれる。
「あ、ありがとうございます」
まずは順調な滑り出し…と思いきや、複雑な表情を浮かべた人物が約一名。
「ごきげんよう。菜々さん。お久しぶりね」
「はい、お久しぶりです。その節はお騒がせいたしました」
令ちゃんの心中を知ってか知らずか、完璧モードで答える菜々。これじゃどっちが年上かわかったものじゃない。
「えっと、とりあえず紹介します。こちら、有馬菜々さん。リリアン中等部三年。先だっての剣道大会の折りに知り合いました」
「…それだけ?」
祥子さまがつまらなそうな表情で尋ねてくる。一体何を期待していたのやら。
「えっと…それだけです。菜々さん、挨拶、お願いできる?」
由乃の言葉に軽くうなずいて、菜々は立ち上がって挨拶をはじめた。
「ただいまご紹介にあずかりました、リリアン中等部三年、有馬菜々と申します。この度は、薔薇の館にお招きいただき、ありがとうございました。由乃さまとは、先日の剣道大会でお近づきになって、以来親しくさせていただいています。野球大会ということで、私も経験のないスポーツではありますが、皆さまと一緒に楽しめたら、と思っています。どうか、よろしくお願いいたします」
剣道をやっているだけあって、非常に礼儀正しい。他の子がこういう挨拶をすると、ちょっとお硬く感じられたりもするけど、菜々がすると妙にかっこいい。
「ご丁寧な挨拶、ありがとう。ではこちらも、自己紹介をさせていただくわ。小笠原祥子、三年生。ロサ・キネンシスです」
菜々の自己紹介を受けて、祥子さまから順番に自己紹介が始まる。一通り自己紹介が終わると、「編成会議」になったわけだけど…。
「さて。由乃ちゃん」
「はい?」
「正直、私は野球というものがどういうものか、よくわかっていないの。それで、打順だとか守備位置だとか、そういったことは由乃さんが中心になって、決めて欲しいと思うのだけど。いかがかしら?」
「え…?」
と、祥子さまに言われ、部屋の中を見回す。確かに、このメンバーの中では由乃が一番野球の知識がありそうだ。他のメンバーの表情にも、肯定の意思が浮かんでいる。
「わかりました。そういうことでしたら、私が中心になって決めさせていただきます。では、まずは守備位置、ピッチャーから」
以前のやり取りを思い出し、可南子ちゃんの方を見る。
「はい、任せてください。山百合会のマウンドは私が守り抜きます」
「たいした自信ですこと。それだけの大口を叩いておいて、打たれたらどうされるおつもり?」
「私は自分の決意を口にしたまでです。そこまでおっしゃるのなら、瞳子さんにマウンドをお譲りしてもよろしいですよ?」
「はいはい、そこまで。別に負けたからってどうなる話じゃないんだから。瞳子ちゃんも、可南子ちゃんが一番適任だってことくらい、わかるでしょ?」
「そ、それは…そうですけど」
放っておくとどこまで続くかわかったものじゃない。祐巳さんがさっさと妹を決めないからこんなことに…なんて。それは八つ当たりってものでしょ、と自分で自分に突っ込んでおく。
「じゃ、ピッチャーは可南子ちゃんで決定。次、キャッチャーですが…私、やりたいんですけど、いいですか?」
「ちょ、ちょっと由乃、キャッチャーなんて危ないよ!」
思わぬ方向から異議が飛んできた。
「お姉さま、逆に他のポジションの方が危ないと思うんですけど。キャッチャーだと球は特定の方向からしか飛んでこないけど、他のポジションだとどこから飛んでくるかわからないですし」
「そ、それは…」
本当は、ファールチップの事なんかを考えると全然そんな事ないのだけど、とりあえずここはこう言っておく。
「それに、キャッチャーだとあまり動き回る必要もないですし。他の皆さんに一番迷惑をかけないポジションだと思うんです」
「よ、由乃…」
なんちゃって。本当はゲームの要になりそうなキャッチャーというポジションに魅力を感じていただけなんだけど。でも、由乃のこの言葉で令ちゃんも納得してくれたようだ。
「由乃がそこまで言うのなら…」
「他に異議がある方、いらっしゃいますか?」
特に異論が出る様子もない。
「では、次に行きます。内野の要、三遊間。ここは、運動神経がいい方に、お願いしたいと思っています。お姉さま、菜々さん、いかがですか?」
「「え?」」
いきなり話を振られて、図らずも声が重なる二人。案外、息が合うのかもしれない。
「あんまり自信がないなあぁ…」
「令さまと私の、どっちがショートでどっちがサードですか?」
いまいち乗り気じゃない令ちゃんと、結構乗り気の菜々。二人の性格が出ていて、ちょっと面白い。
「お姉さまにショートを、菜々さんにサードを、と考えているんだけど」
「私はかまいません」
「ショートか…荷が重いなぁ…」
即答の菜々に、いまだぐずぐず言ってる令ちゃん。いつもの事ながら、令ちゃんの優柔不断にはいらいらさせられる。
「とにかく、お願いします。他に頼れる人がいないんです。お姉さまならきっと大丈夫だと、私信じてますから」
とびっきりの笑顔をプレゼントしてみる。由乃のその笑顔がきいたのか、それとも状況を考えて諦めたのか、ようやく令ちゃんもショートを承諾してくれた。
「…わかった。できるだけの事はする」
そんなこんなで、各ポジションに人員を当てはめていく。運動部に所属している人間を重要なポジションに当てはめてしまうと、残りはおおむねどこを誰が守っても大差はない。それでも、各ポジションの重要性と個々人の性格などを考えて、ファースト:乃梨子ちゃん、セカンド:祐巳さん、ライト:祥子さま、センター:瞳子ちゃん、レフト:志摩子さん、というポジションに割り振ることになった。
「皆さん、これでよろしいですか?」
「祐巳が前にいるのなら安心ね」
「はい、お姉さま、任せてください!お姉さまの手を煩わせるようなことは決してしません」
「祐巳さま?間違っても私にエラーの尻拭いなんて、させないでくださいね」
「ぅぅ…が、がんばるよ、瞳子ちゃん」
「そういう瞳子さんこそ、エラーなんかで私のピッチングの足を引っ張らないでくださいよ?」
「な、な、なんですってぇ!」
「ちょ、ちょっと瞳子ちゃんも可南子ちゃんも落ち着い…」
「「祐巳さまは黙っていてください!」」
紅薔薇一派はうらやましいくらいに仲がいい。いっそのこと二人まとめて妹にしてしまえばいいんじゃないだろうか。
「お互い随分と離れてしまったわね」
「でも、どこにいても私の心は志摩子さまのすぐそばにいます」
「ありがとう乃梨子。私もよ」
白薔薇姉妹は、いつもながらの妖しい雰囲気。もうご馳走さまって感じだ。
「令さま、至らぬ点も多々あるとは思いますが、よろしくお願いいたします」
「え?あ、そんな、こちらこそ。お互いがんばりましょ」
「ええ、どうせやるなら、目指せ白星です」
「そうね。やるからにはね」
そして令ちゃんと菜々は…お、なんだ。結構いい雰囲気じゃない。ちょっと安心したような、寂しいような、そんな複雑な心境だ。
「はい、では続いて打順もぱぱーっと決めちゃいたいと思います、いいですか?」
悲喜こもごも、三者三様の姉妹模様を眺めていては肝心なことが決まらない。由乃はとりあえず議題を元に戻すことにした。
「まずは、打線の中軸、三四五番なんですけど、可南子ちゃん・お姉さま・瞳子ちゃんで、どうでしょう?」
「瞳子さんが、ですか?菜々さんではなくて?」
可南子ちゃんが不思議そうな顔をする。
「あら可南子さん、私では役者不足とでも言いたいのかしら?」
「あ、いえ、他意があるわけではなくて…。守備位置と同じで、中軸に運動部の人間を配置するものだと思っていたものですから」
可南子ちゃんの指摘に、なんとなく納得顔の一同。菜々も、不思議そうな、そしてやや不満げな表情を浮かべている。
「うん。もちろんそれはそうなんだけど、菜々さんには切り込み隊長、一番をお願いしたいな、と。足、速いみたいだし」
「でも、足の速さなら可南子ちゃんの方が速そうだけど。なんたって、バスケ部だし」
令ちゃんが可南子ちゃんの方をチラッとうかがって言う。当の可南子ちゃんは、「どっちでもいい」といった表情だ。
「ええ。確かに足の速さでは可南子ちゃんのほうが上かもしれません。でも、可南子ちゃんには持ち前のパワーで、是非とも長距離砲としての活躍を期待したいと思って、三番をお願いしたいな、と」
「パワーですか…」
可南子ちゃんが複雑な表情を浮かべる。女の子に「パワー」はちょっと酷かったかな、と反省。
「その通りですわ。可南子さんにはそれくらいしか取り柄がないのですし、こういうときにこそ持ち前の馬鹿力を発揮して頂かないと」
「なっ、人のことを何だと思って…」
相変わらずこの二人は仲がいいのか悪いのかよくわからない。剣道大会のときには二人連れ立って応援に来ていたみたいだから、決して仲が悪いということはないと思うのだけど。
「で、瞳子ちゃんにはその底知れぬ執念を球にぶつけてもらって、五番をお願いしたいな、と思ったわけです」
「し、執念ってなんですか、由乃さまっ」
「あはははは。執念はいいですね。さ、瞳子さん、一緒にクリーンナップを守りましょう」
「ちょ、何笑ってるんですの?可南子さんまで…。わかりました!五番でも六番でも打って差し上げますわ!」
どうやら丸く収まったらしい。
「お姉さま、それでよろしいですか?」
「うん、わかった」
守備位置のやり取りの時にある程度覚悟を決めていたのだろう。今回は割とあっさり承諾してくれた。やれやれ、これで一段落…と思い、ほっとしていると、菜々が何か言いたそうな顔をして、こっちを見ていた。
「何か意見でもありますか?菜々さん」
「いえ、大した事じゃないんですが…その、『菜々さん』って呼ばれ方がちょっと…」
「じゃあ、菜々ちゃん」
確かに、可南子ちゃんや瞳子ちゃんが「ちゃん」なのに菜々が「さん」というのはいかにもバランスが悪い。そう思って「ちゃん」付けにしてみたけど、菜々はやっぱり不満な様子。
「それもちょっと…」
「じゃあ、どう呼べばいい?」
ちょっといやな予感を覚えつつ聞いてみる。菜々は至極当然といった風に、こう答えた。
「いえ、呼び捨てで結構ですよ」
「な、な、な…」
思わず絶句してしまう由乃。菜々の顔には「いつもは呼び捨てなのに…」と書いてある。それを口にしなかったのは菜々なりの配慮だったのかもしれないが、何も今、ここでそれをいうこともないじゃないかと、ちょっと恨めしく思う。
「あー…えっと…」
皆の顔を見渡すと、令ちゃん以外は「ニヤニヤ」という表現がぴったりの表情を浮かべている。祐巳さんにまでこんな表情をされるなんて、何たる不覚…。
「な…な…菜々さん?」
進退きわまって菜々の方を見る。二人きりの時は確かに呼び捨てだけど、人の前で呼び捨てにするというのは全く違う意味を持つって事くらい、菜々だって知っているだろうに…。いや、知っているからこそ、こんなことを言うのだろうか。色々な感情が頭の中を駆け巡って、考えがまとまらない。
「私、『菜々』と呼んでくださらない限り、お返事いたしません」
だというのに菜々は容赦なく止めを刺そうとしてくる。この小悪魔が…なんて思ってみても、どうなるわけでもない。
「ああっ!もう!わかりました、わかりました。菜々っ!これでいい?」
「はい。それでお願いします」
一転、とびっきりの笑顔になる菜々。なんか、見事に踊らされてるような気がしてちょっと悔しくもあり、でもこんな笑顔を見せられたら、そんな細かいことどうでもよく感じられたり、複雑な気分だ。
「「「おおー…」」」
「な、なんですかそのどよめきは」
「よかったわね、令。これで黄薔薇ファミリーは安泰よ」
「え?う、うん…」
…祥子さま、先走りすぎです。
「ちょ、ちょっと祥子さま、まだ私たちスールになると決まったわけじゃないんですけど…」
「おめでとう、由乃さん。祐巳さんもうかうかしていられないわね」
「うん。私も頑張らないと」
「もしもーし、お二人さん、勝手に話進めないでくださーい」
志摩子さんまで何を言ってくれてるんだか。
「菜々さん、お互いブゥトンとして頑張っていきましょう」
「はい、ありがとうございます。えっと…乃梨子さま」
「瞳子さん、ほら、今がチャンスよ。祐巳さまにアタックしないと」
「なっ、何を訳のわからないことをおっしゃってるの?そう言う可南子さんがアタックなさればよろしいじゃないですか」
「そうですわね、じゃあ遠慮なく。ゆ…」
「ちょ、ちょっとは遠慮なさいっ、可南子さん!」
「もう、素直じゃないんだから。瞳子さんは」
「………もーしもし、皆さーん、聞いてらっしゃいますかー?」
……結局。騒動が収まった後、残った打順についての話し合いがあったはずなんだけど、由乃の頭の中には、そんな事かけらも残っていなかった…。
| 打順 |
名前 |
ポジション |
| 1 |
有馬菜々 |
三塁 |
| 2 |
二条乃梨子 |
一塁 |
| 3 |
細川可南子 |
投手 |
| 4 |
支倉令 |
遊撃 |
| 5 |
松平瞳子 |
中堅 |
| 6 |
福沢祐巳 |
二塁 |
| 7 |
藤堂志摩子 |
左翼 |
| 8 |
島津由乃 |
捕手 |
| 9 |
小笠原祥子 |
右翼 |