福沢家の食卓

 改めて思ったことは、「一般生徒」の、山百合会幹部への憧れと言うのは、今も昔も並大抵の物ではない、と言うことだった。

「山百合会の劇に!?」
そんなに驚かなくてもと思うくらい、お母さんの驚き様はすごかった。
「お母さん、声が大きい…」
祐麒も茶碗を持って呆れ顔だ。でも、そんなお母さんの気持ちもわかる。リリアンの生徒にとって、山百合会は今も昔も雲の上の存在、その山百合会の主催する劇に出るなんて、そりゃ舞い上がりもするでしょう、親、そしてリリアンOGとしては。もっとも、実際に劇に出る祐巳は浮かれてばかりもいられないわけだけど。
「一体、何がどうしたの?祐巳ちゃん、いつの間に山百合会の関係者になったの?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてお母さん。そんな大層なことじゃなくって、ちょっと縁があって、お手伝いするだけよ…」
言えない。本当のことなんて言えない。そもそも、どこからどこまで説明すればいいのか、わからない。
「で、何の劇で、どんな役をやるの?」
「演目はシンデレラで、姉Bだけど…」
本当は、場合によってはシンデレラを演じることになるんだけど、そんなことを今言った日には心臓発作でも起こしそうだから、これも言えない。
「祐巳が山百合会の劇に出るなんて…これは何を置いても絶対に見に行かなくちゃ駄目ね。お父さん、ビデオカメラ、用意してね。祐巳、ちゃんと練習して、皆さんにご迷惑をかけないようにしないと駄目よ?」
「あ?ああ…」
あーあ。お父さんもちょっと呆然としている。
「ちょ、ちょっとお母さん、お願いだから見に来ないで!」
「何言ってるの祐巳ちゃん、娘の一世一代の晴れ姿、見逃す親がどこにいますか」
どうしよう、どうやったらお母さんを止められるんだろう…。こんな様子を見ていると、もし、自分が祥子さまのスールになったりしたら、一体どんな騒ぎになってしまうんだろうと、少し頭が痛くなった。


 これは夢なんだろうか…。でも、首には確かにロザリオがかかっている。この二週間も十分夢のような二週間だったけど、その締めくくりに、もっと信じられないことが起こってしまった。夢心地のまま学校を出て、家に帰り着いた頃には既に回りも真っ暗、いつもよりもかなり遅い時間の帰宅になってしまった。
 お母さんの声に促され、速攻で着替えて食卓につくと、そこに並んでいるのは一体誰の誕生日ですか?といった感じの豪勢な食事。
「こ…これは?」
「そりゃもう祐巳ちゃんの晴れ舞台ですもの。お母さん感動しちゃって…」
そんな大げさな…。脇役で出ただけなのにここまで騒がれると、本人としてはちょっと引いてしまう。お父さんも祐麒も完全に引いちゃってる。リリアンの生徒じゃない二人には、理解に苦しむ世界だろう、確かに。
「さ、祐巳ちゃん座って座って。お疲れ様でした」
あれほど来ないで、と言ったのに、結局お母さんとお父さんは見に来たらしい。といっても、こっちは演技に必死だったから、どこから見られていたのかはわからなかった。今更ながら、自分が出ていた劇を親が見ていたっていうのはちょっと恥ずかしい。幸い、台詞を間違えたりとかはしなかったけど。頂きます、と言って四人で食卓をつつく。
「あら、祐巳ちゃん、その鎖、もしかしてロザリオ?」
「え?あ…うん。そう」
そう言えば着替える時に外すのを忘れてた。でも、折角祥子さまから頂いたんだから、常に肌身はなさず持ち歩きたいものでしょう。まして、今日は頂いたまさにその日なんだし。
「そっか。祐巳ちゃんにもお姉さまが出来たのね…。学園祭の日に告白なんて、ロマンティックよね…」
そう言ってちょっと遠くを見るような表情のお母さん。高校時代を思い出したりしてるんだろうか。
「そう言えば、お母さんはスールっていたの?」
今まで自分自身、スールと言う存在と縁遠かったから気にもしなかったけど、考えてみたらお母さんもリリアンOG、実際のところはどうだったんだろう。
「え?スール?実は三年間、独り身だったのよね…。憧れてた先輩はいたけど」
今はお父さんがいるからいいけど、なんて笑いながら付け加える。子供から見てもちょっと恥ずかしくなるくらい、うちの両親は仲がいい。もちろん、悪いことじゃないけど。
「で、どんなお姉さま?」
そんなに目を輝かせて…。もしかしたら頭の中は、高校時代にタイムスリップしてるんじゃないだろうか。
「えっと…小笠原祥子さま、なんだけど…」
「小笠原祥子さん?ああ、ロサ・キネンシス・アン・ブゥトンの。シンデレラも素敵だったわ…」
…通じてないらしい。目が遠くを見ている。
「で、祥子さんのクラスメート?お姉さまは」
そうきたか。確かに祐巳自身ですら、にわかには信じられなかったんだ。お母さんの反応も不思議ではない。
「いや…その祥子さまが、お姉さま、なんだけど…」
「そう、祥子さんが祐巳のお姉さまなの」
うんうん、と頷くお母さん。あれ?思ったより反応が小さいぞ、と思っていたら、段々と頷きが小さくなってきた。
「……えぇーーー!?」
「うわっ!?なっ、何だ!?」
大皿のアスパラベーコン巻に箸をのばそうとしていたお父さんは、出していた箸を引っ込めて右往左往、祐麒は折悪しく口元に持ってきていた味噌汁をふき出してしまった。
「ゆ、祐巳ちゃん、ちょ、それ、何、ど、どういうこと!?」
「ちょっとお母さん、落ち着いて…」
「だって祐巳ちゃん、祥子さんはブゥトンでしょ?その妹ってことは、ブゥトンのブゥトンってことで…」
駄目だ、もう何を言ってるのかさっぱりわからない。
「お父さん、ソースとって」
「んあ?ああ」
男どもは完全に「我関せず」モード。どうやら、お母さんの「おろおろ」は、祐巳が何とかしなきゃいけないようだ…。


 福沢家の食卓は、今宵も、概ね平和だった。


GOD'S IN HIS HEAVEN. ALL'S RIGHT WITH THE WORLD.
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