真面目なキッカケ
「え…?」
「だから、私の妹です。改めて紹介するまでもないとは思いますけど、高知日出実、です」
そのときの三奈子さまの顔は、見物だった…。
ひょんな事から茶話会の「参加者」として参加することになった真美だが、笙子ちゃんに話し掛けたのは、取材の為というよりもむしろ、個人的な興味の方が大きかった。
「真美さまは、どのような子を妹にしたいとお考えなんですか?」
「え?妹?うーん…あんまり考えたことなかったなぁ…」
二年生になって半年以上、ずっと部活の事ばかり考えていたような気がする。部活をしていると、下級生と接する機会も多くなり、勢いスールの契りを結ぶ可能性も高くなる。だが、真美に関しては、その部活にウェートがかかりすぎたせいか、このケースには当てはまってこなかった。
「そうなんですか?では、私なんて如何ですか?」
ちょっと悪戯っぽく笑う笙子ちゃん。本気で言ってる訳ではないことは、その表情からすぐわかる。
「あなたみたいな可愛い子なら、誰だってOKの三連呼でしょうね。それはともかく、笙子ちゃんこそ、どんなお姉さまがいいの?」
「え?私ですか?…そうですね…その人と一緒にいると、何かが変わる、新しい自分が見つけられる、そんな方でしょうか」
「なるほど…。そういう意味では、ブゥトンの妹という立場は、確かに魅力的かも知れないわね」
彼女が茶話会の応募用紙に書いていたコメントを思い出しながら、真美は言った。
「ええ。きっとそこには、新しい世界があるんじゃないかって、そう思うんです」
「ごきげんよう、楽しんでる?」
丁度いいタイミングでかかる声、ブゥトンの一人、祐巳さんだ。さっきからこっちを気にしていた様子だったけど、やっと一年生の包囲網からも抜け出せたようだ。真美も、笙子ちゃんだけにかまけているわけにもいかない。丁度いいタイミングなので、祐巳さんとバトンタッチをして、真美は笙子ちゃんの元を離れた。
(妹か…本当に今まで、考えたこともなかったな…)
今日、この場にいる生徒は、少数の例外を除いて、スールを探しに来た生徒だ。その例外のうちの一人、高知日出実も、無目的でここにいるわけではない。
「景子さまはどのような子を妹として迎えたいですか?」
「そうね…。色々あるけど、やっぱりそばにいてくれるとほっとする、そんな子が一番かしらね…」
黙って突っ立っているわけにもいかない。主目的である「取材」も兼ねて、日出実は参加者との会話にいそしんでいた。
「景子さまって、部活はなさってないんですか?」
「え?ええ、どうして?」
「いえ、部活をなさってない方って、やはり出会いのきっかけって少ないのかな、と」
「そうね。私の回りでも、『独り者』の子って、部活やってない子の方が多いわね」
今日の参加者も、ほとんどが帰宅部の生徒だ、と景子さまは教えてくれた。
「自分とは違う部活をしている妹っていうのは、どうなんでしょう」
「建前で言っちゃうと、スールの本質的な繋がりなんていうのは部活なんかに左右されない、と言いたいところだけど、実際のところは中々難しいでしょうね。同じ時間を過ごすためにスールになるわけじゃないけど、色んな意味ですれ違いも出てくるでしょうし」
「そうですよね…」
「でも、日出実ちゃんみたいな可愛い子なら大歓迎よ?私、あなたみたいにはっきりとした自分を持っている子って、好きだし。どう?私の妹にならない?」
思ってもみなかった展開に、日出実は目を白黒させるばかりだ。
「えっ?そ、そんな、急に言われても…」
「ふふ、考えておいてね」
そう言って去っていく景子さまの背中を眺めつつ、複雑な溜息をつく日出実であった。
景子さまへの「取材」を終え、人のいない壁際へ移動する。取材といえば欠かせないのがメモだが、場の雰囲気を考えると、その場で逐一メモを取るという行動は取りにくい。そもそも、場の雰囲気を壊さないように、という目的から日出実も「参加者」という体裁をとる羽目になったのだから。
「はぁ…疲れる…」
「まぁまぁ、そう言わずに」
自分でも思っていなかったほど大きな溜息だったらしい。顔を上げると、もう一人の例外、真美さまの苦笑いがあった。
「あ…お疲れ様です、真美さま」
「お疲れ様、日出実ちゃん。本当にお疲れのようね」
「え…いえ…まぁ…。下手なことを言って場をぶち壊すと大変ですし、かといってぼーっと突っ立っているだけじゃ取材にならないですし…」
「そうね。でも、あんまり難しく考えなくてもいいんじゃない?どうせなら楽しまなくっちゃ損よ。折角、美味しいお茶とお菓子もあることだし」
と、手に持っていたスコーンを一つ、日出実に差し出した。お礼を言って受け取る。口に入れると、ほのかな甘い味が口の中に広がった。
「あ、美味しい…」
「でしょ?取材もいいけど、楽しめることは楽しまなくっちゃ、ね」
そう言って、真美さまもスコーンを口に運んだ。
「そうなんですけど…結局、この場の一番の目的、将来のスール探しという目的が、私にはないですから」
「んー。でも、スールを持たないって決めてるわけではないんでしょ?」
「え?ええ、それは、まぁ。でも、私の思っている条件にぴったりとはまる方が、この中にいるとは思えません」
「それはそうかも知れな…」
中途半端な所で途切れた声に顔を上げると、なにやら名状しがたい真美さまの表情があった。
「?どうかなさいましたか?」
「え?いや、その条件に合いそうな生徒が、一人だけいたな…と…」
「えっ?どなたなんですか?その方はっ」
日出実が勢い込んで聞くと、真美さまは、自分の人差し指を、ゆっくりと自分の鼻の頭に当てた。
「……へ?」
予想だにしていなかったリアクションに、思わず間の抜けた声を上げてしまう日出実。
「だ、だって、真美さまは妹をお持ちにならないんじゃ…」
「そんな、『写真部のエース』じゃあるまいし…。今日まであまり考えたことがなかっただけ。持たないって、決めていたわけではないわ。考えてみたら、私とあなたって、結構いいスールになれるんじゃない?」
山口真美さまといえば、現リリアンかわら版編集長。日出実以上に、かわら版に傾けている情熱は熱い。日出実がそんな風に誤解してしまうのは、無理からぬ話だ。
「で、でも、そんな、真美さまの妹なんて……」
新聞を作ることが楽しくてしょうがない日出実にとって、真美は尊敬・憧れの対象だった。もちろん、妹になりたい、なんてことを思ったことがないわけではない。でも、真美さまは、日出実に限らず、下級生に対してそういう話を振ることはなかった。本人も言っていたが、やはり部活のことで頭が一杯で、妹の事にまで頭が回っていなかったのであろう。そういう状況だから、日出実の中でそれは、いつのまにか「かなわない事」として処理されていた。
「今日、こういう場に参加してみて、妹を持ってみるのもいいかな、って思えた。お姉さまの気持ちが…ちょっとわかったかな」
「三奈子さまの?」
築山三奈子さま。真美さま以上にリリアンかわら版を愛し、引退したはずの今でも時折部室に顔を出しては、真美さまにあしらわれている、真美さまのお姉さま。端から見ていて、羨ましくなるくらいいいスールだと、日出実は思っていた。
「ふと不安になったりするのよ。自分のことが。自分のやっていることが。特に、編集長なんていう立場になっちゃうと、周りも一歩引いちゃうようなところがあるから。ちょっと孤独を感じたりして、ね。そんな時、隣に妹がいてくれる。それはきっと、とても心強いことだと思うわ」
ま、私のお姉さまの場合は、それでも突撃しちゃってるけどね、と笑いながら付け加えた真美さまの言葉を、どこか現実感のない思いで聞いていた日出実は、こう問い掛けずにはいられなかった。
「私が隣にいると、真美さまは…安心できますか?」
「きっとね」
それきり黙ってしまった日出実に、考えておいてね、と言葉を残し、真美さまは茶話会へと戻っていった。日出実の心に、消せないさざなみを、残して…
明けて月曜日の昼休み、茶話会の反省会も兼ねて、薔薇の館にはブゥトンと新聞部の面々が集まっていた。
「二組、か…その場で出逢ってすぐに、ということを考えると、決して少ない数ではないわね。肝心の『ブゥトン』のお二人は、その場で、というわけにはいかなかったようだけど」
「私は、きっかけがあればいいと思っていたから」
そういう祐巳さんは、何人かの下級生と、いい雰囲気になっていた。
「祐巳さんはいいわよ…私はそんな悠長なことを言ってられないの」
「由乃さん、何をそんなに焦ってるの?」
そう言えば、この茶話会も由乃さんが言い出した事だったらしい。由乃さんは何をそんなに焦っているのだろうか。
「え?えっと…江利子さまに、ちょっと…」
「ふーん…ま、いいわ。ん、何?日出実ちゃん」
さっきからこっちをちらちら見ていたと思うと、下を向いて何かを考え込む。心ここにあらず、といった様子だった。
「え?えっと…すいません、何でしたっけ?」
そんな日出実ちゃんの様子を見てピンと来た真美は、後のことをブゥトンに任せて、日出実ちゃんと一緒に一足先に薔薇の館を出た。向かった先は、マリア様の前。
「日出実ちゃん、場所はここでいい?」
「え?あ…真美さま……」
自分が連れてこられた場所がマリア様の前ということに気がついて、日出実ちゃんはちょっと驚いたようだった。
「土曜日の答え、聞かせてくれるんじゃないのかな、と思って。違った?」
「…いえ、違いません」
真美のほうへ一歩踏み出してきた日出実ちゃん。短い沈黙は、心を落ち着けるためのものだったのだろう。
「私でよければ、真美さまの隣で、真美さまを支えさせてください」
「ありがとう。是非、お願いするわ」
こうして誕生したスールを、マリア様だけが、静かに見守っていた。
「…と、言うわけです」
「…そっか…。真美にも妹が……そっか…」
しばらく、物思いにふけっている様子だった三奈子さまだったが、顔を上げると、
「じゃ、このことはかわら版で公開ね」
すっかりといつもの調子だった。少しだけ潤んだ目を、除いては…
了
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