バレンタイン・レポート 〜友情〜
年が明けて正月ボケもそろそろ抜けてくると、その先に見えてくるイベントはバレンタイン。新聞部でもバレンタイン特集を組むことになったのだけど、その中でも目玉記事として考えられたのが、「ブゥトンのバレンタイン(仮称)」と銘打ったインタビュー記事、そして日出実に与えられた使命が、ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンこと、二条乃梨子さんへの突撃取材だった。
「あ、乃梨子さん、ちょっとお話を伺いたいんですけど、お時間ありますか?」
放課後、ダッシュで椿組に突撃すると、丁度乃梨子さんが出てきたところだった。渡りに舟とばかり、声をかける。
「え? えっと、新聞部の取材?」
茶話会や普段の活動で何度か顔を合わせていたこともあって、乃梨子さんも日出実の目的がすぐにわかったようだ。といっても、新聞部と山百合会の間には昔のような確執はないから、取材だからといって警戒されることもないけど。
「ええ。かわら版のバレンタイン特集ということで、ブゥトンのバレンタインにかける思いなんかをお聞かせいただけたらな、なんて」
「バレンタインかぁ…。そうだよね、もうそういう時期なんだよね…」
「乃梨子さんも、ロサ・ギガンティアと迎える初めてのバレンタインでしょ。何か特別な予定など、考えていて?」
「うーん…。一応、チョコレートは用意するつもりなんだけど…それ以上のことは、今のところは何も…」
ちょっと困ったように答える乃梨子さん。その言葉に嘘はないように感じられる。
「ちなみに、渡すのは手作り?」
「えっと、それは秘密です」
「えー? もしかして、まだそれも決めてないとか?」
「さぁ? どうでしょう」
「うぅ…これじゃ記事にならないよ…」
バレンタインにチョコレートを贈るだけなんて当たり前すぎて、何も面白くない。日出実が頭を抱えていると、遅れて教室から出てきた可南子さんが声をかけてきた。
「ごきげんよう乃梨子さん、日出実さん。取材ですか?」
「あ、可南子さん、ごきげんよう。ええ、なんでも『バレンタインにかける思い』についての取材とかで」
「ごきげんよう、可南子さん。そうなのよ…バレンタインの予定なんかを是非お聞かせ願いたいと思っていたのに、乃梨子さんったら『チョコレートを贈ること以外、何も考えてない』なんて言うのよ? これじゃあ、記事になんてならない」
「でも、それを記事にするのが日出実さんの腕の見せ所じゃない。あることないことでっち上げて」
頭を抱えている日出実を見て、可南子さんが笑いながらとんでもないことを言う。
「ちょっと可南子さん、そんな無責任な…。でっち上げられる私の立場は…」
「三奈子さまじゃあるまいし、私はそんなこと出来ないわよ…」
日出実が入部した時には、一応すでに三奈子さまは一線を退いた後だったので実際にそういったことを見たわけじゃないけど、真美さまから、三奈子さまが書いた記事で色々大変だったなんてぼやきを幾度となく聞かされている。そんな話を聞かされていると、ますますもって無責任な記事は書けない。
「もちろん、でっち上げっていうのは冗談だけど。でも、そういう小さいネタを大きく膨らませていくのも、記者さんの腕じゃなくって?」
「う…痛いところをつくわね、可南子さん…」
ええそうですとも、それは正論ですけどね…。火のないところに煙を立てるわけにもいかないから困っているのだけど。
「日出実さんなら大丈夫よ。私を取り上げてくれた記事だって、随分ときれいにまとめてくれてたじゃない。ちょっと恥ずかしいくらいに」
「ああ、あの記事ね。そういえば可南子さん、あの記事が出た後、随分と周りの視線が変わったって言ってたっけ」
あの記事とは、日出実が少し前に書いた「部活 この人をチェック!」のことだろう。各部活で活躍していたり、今後活躍しそうな人を一人取り上げて紹介するという不定期連載で、バスケット部期待のホープということで日出実が可南子さんを紹介したものだった。
「ええ。今までそんなに交流がなかったクラスメートとも仲良くなれたり、見知らぬ同級生や上級生の方から声をかけられたり…。ありがたいことに姉妹のお誘いまで」
「確かに、前よりずっと接しやすくなったかな。でも、姉妹のお誘いっていうのは…意外と言っては失礼だけどちょっと意外ね」
乃梨子さんは可南子さんと同じクラスだから、そういう変化にも気付きやすいのだろう。
「ほんと、自分でもすごく驚いたわ」
そんなことを言いながら笑う可南子さんは、やっぱりすごく魅力的に見える。
「うーん…。でも、それは私の記事がよかったというよりも、やっぱり可南子さん自身の素質というか、魅力のなせる業なんじゃないのかな」
「もちろんそれもあるだろうけど、その魅力を的確に伝えた日出実さんの記事があったからこそ、今の『可南子さん人気』があるんだと思うけど?」
「ええ、まさにその通り。こんな私を『人気者』に仕立てちゃうくらいなんだから、もっと自分の書く記事に自信持っていいと思うよ、日出実さん」
笑いながら、ありがとうと付け加える可南子さん。そう言われると、記者冥利に尽きるものの、やっぱりちょっと恥ずかしい。
「そうそう。乃梨子さんのバレンタインについての取材ということだけど、日出実さん自身のバレンタインのご予定はどうなの?」
「え? わ、私」
「ああ、そういえばそうね。日出実さんもお姉さまと迎える初めてのバレンタインでしょ? 日出実さんこそ、何か予定はあるのかしら?」
取材する身から反転、二人から取材される身になってしまった。
「えっと…い、一応手作りのチョコを用意したいとは思ってるけど…ちゃんとできるかどうか…」
日出実も手作りのチョコレートなんて今まで作ったことがない。色々調べてはいるけど、実際にやってみないことにはどうにもよくわからないことも多い。
「そっか。やっぱり手作りチョコレートか。定番よね」
「そういう可南子さんはどうなのよ。何か予定はおありで?」
やられっぱなしだと面白くないので反撃してみる。今まで散々無責任なことを言っていた可南子さんは、一転急に落ち着きをなくしてしまった。
「え? 私? 私はほら、お姉さまもいないですし」
「目が泳いでますよ? 可南子さん」
「やっぱり祐巳さまにチョコレート用意するの?」
「わ、私、部活があるので今日はここで失礼させていただきますわ、それではごきげんよう」
「あ、ちょっと可南…」
「……いっちゃった」
乃梨子さんの口から『祐巳さま』という言葉が出てきた途端にいそいそと立ち去ってしまった。
「別に恥ずかしがることもないと思うんだけど…」
「まぁ、人それぞれ思いがあるだろうし」
お姉さまがいてもいなくてもバレンタインはバレンタイン。本番当日まであっちこっちで大騒動が繰り広げられるのだろうなと、可南子さんの様子を見ながら日出実は改めて思った。
あっちでもこっちでもチョコレートの交換が行われている、今日は二月十四日。朝から始まったバレンタイン狂想曲は、放課後を迎えてピークを迎えていた。そんな雰囲気の中、薔薇の館へと足を進める長身の一年生が一人。
関係者以外立ち入り禁止というわけではないけど、関係者じゃない生徒にとっては入りにくい薔薇の館も、可南子にとっては既に通いなれた場所。特にためらうこともなく、古い階段を上っていく。ビスケットを思わせるドアの前に立ち、一つ息を整えて、軽くノックをした。
ノックの音に答える声があったのを確認して、ドアを開ける。部屋へ入っていくと、そこではロサ・キネンシスが一人、文庫本を手に座っていた。そういえば前にも一度、こんなシーンがあったっけ。
「ごきげんよう、ロサ・キネンシス」
「ごきげんよう、可南子ちゃん。珍しいわね。祐巳に用事かしら?」
「いえ、祐巳さまだけでなく、ロサ・キネンシスにも用事がありまして」
「私に?」
可南子の言葉に、ロサ・キネンシスが意外そうな表情をする。
「ええ。実は、これを受け取っていただきたくて」
手に下げていた手提げ袋から、きれいにラッピングされた小箱を取り出す。
「これは…何かしら? ああ、チョコレートです、なんていう答えはなしよ」
笑いながら言うロサ・キネンシスだけど、目は笑っていない。噂に聞いた、知らない生徒からのチョコレートを全部つき返したという話は、やっぱり本当だったらしい。
「この一年のお礼、です」
「お礼?」
ロサ・キネンシスの視線が先を促す。
「はい。去年、私は祐巳さまに酷いことをしてしまいました。そんな私を、ロサ・キネンシスは叱ってくださいましたよね」
あの温室で祐巳さまに向かって言ったことを思い出すと、なんて事をしてしまったのだろうと今でも胸が痛む。あの時、ロサ・キネンシスから言われたことは、その場では反発しか覚えなかったけれど、今なら当然のことだと納得できる。
「そんなこともあったかしらね」
「体育祭の賭けに負けて、私が学園祭のお手伝いをすることになった時も、何をとがめるでもなく、受け入れてくださいました」
「あくまであなたと祐巳の間の問題だったから」
「そして学園祭の日。踏ん切りがつかなかった私の背中を押してくださったのは、紛れもなくロサ・キネンシスでした。ちょっとだまし討ちっぽかったですけど」
「だまし討ち? 何のことかしら」
学園祭の時、保健室の前で交わした会話を思い出したのか、ロサ・キネンシスがくすっと笑う。二人の間に流れている空気は、数ヶ月前からは考えられないほど穏やかなものになっている。
「今なら、あの時温室で頂いたお叱りの意味もよくわかります。ロサ・キネンシスや祐巳さまのおかげで、父とも仲直りすることができましたし、学園生活も随分と楽しくなりました。そのお礼です」
改めてチョコレートの包みを差し出す。ロサ・キネンシスは少し考えた後、今度は心からの笑顔を浮かべ、その包みを受け取った。
「そういうことならありがたく頂くわ。祐巳ももうすぐ来ると思うし、お茶でもいかが?」
可南子の返事を待たずに流しへと歩いていくロサ・キネンシス。手伝おうと後を追うと笑って断られてしまったので、おとなしくテーブルにつくことにした。
程なく、お盆にカップを二つ載せ、ロサ・キネンシスが戻ってきた。一つを可南子の前に、そしてもう一つを自分が座っていた席に置き、再び椅子に座る。お礼を言って、可南子はカップに手を伸ばした。
「それにしても、私が今日ここにいるってことがよくわかったわね」
「今日はバレンタインですから。きっと祐巳さまとここで待ち合わせをされてると思っていました」
カップを手にしたまま可南子が答える。この時期、三年生は学園に出てきていない生徒の方が多い。それでも、今日に限っては普段より三年生の姿も多かった。ロサ・キネンシスのように妹から頼まれて登校してきた生徒も多かったのだろう。
「いい勘ね。でも、もし他の場所で待ち合わせをしていたりして、ここで会えなかったらどうしていたのかしら?」
「そうですね…。その時は、住所を調べてご自宅までお邪魔するつもりでした」
「まぁ…それはそれで、面白かったかもしれないわね」
もし本当に自宅まで訪ねていったら、ロサ・キネンシスはどんな顔をしただろう。それを想像するだけで、思わず頬が緩んでしまう。ロサ・キネンシスも同じようなことを考えていたのか、愉快そうな表情を浮かべていた。
それから程なくして、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。ドアの前で一度立ち止まる気配がする。息を整えていたのか、少し間があってドアが開けられた。
「ごきげんよう、お姉さま。すいません、遅くなってしまって…あれ? 可南子ちゃん?」
走ってきたのだろうか、ドアを開けた祐巳さまの息はまだ少し乱れていた。お姉さまのことを思っての行動だし、今日ばかりはセーラーカラーを翻していても、マリア様は大目に見てくださるだろう。
「ごきげんよう、祐巳さま。お邪魔しています」
「ごきげんよう、可南子ちゃん。珍しいね、薔薇の館に来るなんて」
クリスマスパーティーの時にもお邪魔していたので、久しぶりというほどでもない。でも、学園祭が終わってから可南子が薔薇の館に顔を出すことはほとんどなくなっていたのも、また事実ではある。
「ええ、ロサ・キネンシスと祐巳さまにお渡ししたいものがありまして」
「え? 私にも?」
「はい。ロサ・キネンシスにはもうお渡ししたんですが」
と言いながら、手提げに残っていた包みを取り出す。ロサ・キネンシスに渡したものとまったく同じ物だ。
「祐巳さま、今まで色々とありがとうございました。これからも、よろしくお願いします」
可南子が包みを差し出すと、祐巳さまはちょっと戸惑ったような表情を浮かべた。もしかして迷惑だったかな…と一瞬思ったけど、祐巳さまはすぐに笑顔でその包みを受け取ってくれた。
「ありがとう。ちょっとびっくりしちゃったけど、とても嬉しいよ」
「喜んでいただけたのなら何よりです」
「それで祐巳? 可南子ちゃんのチョコレートはいくつ目なのかしら?」
「え? えっと…ちゃんと数えてないんですけど、多分二十個くらいじゃないかと…」
祐巳さまが答えるのを聞きながら、今度は可南子が流しへと足を向ける。ロサ・キネンシスにもお代わりを入れた方がいいだろう。
「結局、祐巳は下級生からのチョコレートを受け取ったのね」
「どういう形であれ、私のことを思って持って来てくれたものをつき返すことはできなくって…。こういう考えはおかしいでしょうか」
「そうね…。私もそういう風に考えてもよかったのかもしれないわね。今から考えると、随分と酷いことをしてきたのかもしれない」
「あ、でも、お姉さまが他の人からチョコレートを受け取られると、ちょっと嫉妬しちゃうかもしれないです」
「まぁ…。でもそうすると、祐巳は可南子ちゃんに嫉妬するのかしら?」
「そうですね。ちょっと妬けるかも」
「祐巳さまに嫉妬していただけるなんて光栄です。でも、思っていたよりも少ないですね。祐巳さまの人気を考えるともっとあっても不思議じゃないと思うんですが。どうぞ」
入れてきた紅茶を、祐巳さまとロサ・キネンシスの前に置く。
「あ、ありがとう、可南子ちゃん。でも、そんなに私、人気ないと思うんだけどなぁ…」
「そんなことないです。それこそ、祐巳さまがご自分で思ってらっしゃる以上に、人気がありますよ」
可南子のクラスメートにも、何人か祐巳さまにチョコレートを渡すんだと嬉しそうに話している子がいたっけ。あの子たちはちゃんと渡せたのだろうか。
「私と違って祐巳は親しみやすい雰囲気があるから。正直、もう少し落ち着きが欲しいところではあるけど」
「はい…気をつけます…」
ロサ・キネンシスの言葉に小さくなる祐巳さま。そんな様子を見ていると、ちょっと意地悪なことも言いたくなるというもの。
「でも、落ち着きのある祐巳さまって、ちょっと想像がつかないかも」
「可南子ちゃん、酷いよ…」
「…それもそうかもしれないわね」
「お、お姉さままで…」
ロサ・キネンシスの言葉に止めを刺されてしまった祐巳さま。ごめんなさい、ちょっとした冗談です。
「冗談ですよ。祐巳さまも、きっと立派な薔薇さまになられると思います。っと、私、そろそろ行きますね」
二人にチョコレートを渡せたわけだし、これ以上長居をするのもどうかと思ったので鞄を持って立ち上がる。
「え? もう行っちゃうの? ゆっくりしていけばいいのに」
本当に残念そうに祐巳さまはそう言ってくれる。可南子がいる前でロサ・キネンシスにチョコレートを渡すつもりだろうか。祐巳さまならそれもありえる気もするけど。
「いえ、ロサ・キネンシスからお茶も頂きましたし。それに、これ以上お二人の邪魔なんてできません」
「か、可南子ちゃん…」
「それではごきげんよう、よいバレンタインを」
チョコレートを受け取ってもらえたのが嬉しい。自分の思いを受け取ってもらえたのが嬉しい。そして、あの人の笑顔が嬉しい。バレンタインというのは、貰った方だけじゃなく、贈った方も幸せな気分になれるものなのだと、可南子は今日、初めて知った。
薔薇の館の階段がぎしぎし鳴くのを聞きながらゆっくりと足を進める。玄関のドアを開け外に出ると、見知った顔が一人、所在なげにたたずんでいた。
「ごきげんよう、瞳子さん」
「…ごきげんよう、可南子さん。どうしてこんなところに…っていうのは愚問ですわね」
ため息をつきながら、苦笑いを浮かべる瞳子さん。祐巳さまを追ってここまで来たのだろうか。それじゃあまるで半年ほど前の可南子だ。
「そうですね。瞳子さんこそ、いつまでそこに突っ立っているつもりですか?」
「……」
「祐巳さまとロサ・キネンシスなら、上にいらっしゃいますよ」
「…余計な、お世話ですわ…」
つらそうな表情を見せて、視線を足元に落とす。いつも自信満々に振舞っている瞳子さんからはあまり想像が出来ない表情だけど、年が明けてから時々こんな表情を浮かべているのを、可南子は見ていた。
「じゃあ、余計なお世話ついでにもう一つ。降りてこられた時にばったりなんていうのは、あまりきまりのいいものではないと思いますわよ」
「いまさら、どの面下げて…」
「じゃあ、その包みはなんのために?」
可南子が持ってきた紙袋と同じような大きさの紙袋の中身は、多分チョコレート。それを贈る相手は今、薔薇の館の二階にいるあの人だろう。
「………」
「ありがとう、ごめんなさい、これからもよろしく。どんな気持ちであれ、祐巳さまなら受け止めてくださるわよ、きっと」
クリスマスパーティの時に何かあったらしい、ということは可南子も薄々感付いてはいた。ただ、瞳子さん自身がその話題に触れようとしないし、あまり触れられたくない様子だったから、可南子としても静観するしかなかったのも事実だ。
「そう…かもしれないけど…」
「祐巳さまとの間で何があったのかは知らない。でも、あなたの気持ちは、あなたの本当の気持ちは…それに現れているんじゃないですか?」
瞳子さんが下げている紙袋、そこに込められた本当の思いを知っているのは、瞳子さんしかいない。そしてそれを祐巳さまに伝えられるのも、瞳子さんしかいない。だから、可南子に出来るのはそっと背中を押すことくらい。
「あなたに…何がわかると…」
「そうね。あなたはいつも一人で抱え込んでしまうから。でも、いつでも話は聞きますわよ、私でよろしければ」
「誰があなたなんかに…本当におせっかいですわ」
そんな風に悪態をつく瞳子さんの口調に、やっといつもの調子が戻ってくる。ちょっとは元気になってくれたのだろうか。
「そう? じゃあ最後にもう一つだけおせっかい。もしそのチョコレート、誰にもお渡しにならないのなら私がもらって差し上げますよ」
「…あれだけ同級生や上級生からチョコレートをもらっておきながら、まだそんなことを言いますか、あなたは」
「あら…見てたんですか?」
「見たくなくても見えるでしょう、あれだけ教室で大騒ぎになれば」
数時間前、一年椿組で繰り広げられた騒動を思い出したのか、うんざりしたような表情で瞳子さんが言う。可南子自身、まさか自分がチョコレートをもらう立場に、それも同級生からだけれはなく上級生からまで手渡されるような事態になるとは思ってもいなかった。
「それもそうですわね…。でも、親友からもらうチョコレートなら大歓迎ですわ」
「一体いつ、誰と誰が親友になったんですの?」
「あら、瞳子さんは私のこと、親友とは思ってくださらないんですか? 残念」
「まったく…どこまでおめでたいんですか、あなたは。随分と性格が変わりましたね」
「そうかもしれませんね。でも、前より随分と楽しくなりましたよ、学校生活も」
「それはよかったですわね」
体育祭で賭けに負けて、学園祭で劇に出て、そして父親と和解して…この半年足らずで可南子の学園生活はがらっと変わった。それこそ、バレンタインにチョコレートをもらうことになるなんて、どうして想像できただろうか。
昔の自分よりも、今の自分のほうがずっと生きやすい。瞳子さんも、もっと身軽になったほうがいいのにと、心から思う。
「瞳子さんも、もうちょっと肩の荷物を降ろして、楽に生きてみてはどうですか? 他の人に背負ってもらえるものは他の人にも背負ってもらって。人に頼りにされるっていうのは、結構嬉しいものなんですよ」
「例え背負ってもらうとしても、あなたには絶対に背負ってもらいません」
「あら残念。随分と嫌われたものね」
「ふん。当然のことですわ」
鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう瞳子さん。素直じゃないといえば素直じゃないけど、人の性格なんてそう簡単に変わるものでもない。瞳子さんの、そういうどこか頑固なところは可南子も嫌いではなかった。
「やっといつもの調子に戻ってきましたね。そんな瞳子さんが、私は好きですよ」
「随分と物好きなものね」
「じゃあ、私はそろそろ行きますわね。チョコレート、楽しみにしてますわ、瞳子」
「だから…」
最後の呼び捨てに込めた思いを、瞳子は気付いてくれただろうか。せっかくのバレンタイン、親友にもいい思い出が出来ますように。今日は自分のためじゃなく、親友のためにそうマリア様にお願いしようと、可南子は思った。
Happy Valentine to you...
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