聖なる夜の夢

 サンタクロースの正体がお父さんだということに気がついたからといって、クリスマスの楽しみが減ったわけじゃない。むしろ、子供の頃とは違った楽しみもあるわけで…。
「笙子ちゃん、この後、ちょっといいかな?」
年の瀬も押し迫った十二月二十四日。明日の終業式を控え、二学期最後の部活も終わり、帰り支度をしていた笙子に、蔦子さまが声をかけてきた。
「はい?ええ。大丈夫です。サンタさんとの約束もないですし」
明後日から冬休みということもあって、笙子の口も軽い。
「はは、了解。じゃあ、ちょっとこのまま部室で待っててもらえるかな。ちょっと新聞部に用事があるから」
「はい、お待ちしています」
他の部員たちも出て行ってしまい、写真部室に笙子一人だけが残される。明日で二学期も終わりということもあって、普段より部活をしている生徒も少ない。いつもより少し静かな校内の雰囲気を感じながら、笙子は蔦子さまの帰りを待った。
 どれくらい待っただろうか。まだ明るかった空が赤く染まりだした頃、ようやく蔦子さまが戻ってきた。
「ごめん、遅くなっちゃって」
「本当ですよ。あんまり遅いから、先に帰っちゃおうかと思っちゃいました」
わざとすねたような顔をしてそんなことを言う笙子だけど、もちろん本気で言ってるわけじゃない。蔦子さまも本気じゃないことはもちろんわかっているから、苦笑いしながら頭をかいている。
「それで、どういった御用でしょう。もしかして、クリスマスプレゼントを頂けるとか?」
もちろん本気で言ったわけじゃない。冗談で言ったつもりだったのに、蔦子さまは真顔になって思いもよらない答えを返してきた。
「よくわかったね。クリスマスにかこつけて、って言うと変だけど、笙子ちゃんにちょっとしたプレゼントがあって」
「え?ほ、本当ですか?」
想像していなかった展開にちょっと驚いている笙子だけど、その驚きはすぐに喜びに取って代わる。クリスマスにプレゼントを、しかも自分が慕っている人から貰えるなんて、嬉しくないわけがない。
「あ、あんまり期待しないでね。そんなに大したものじゃないから」
「そんなことないです、蔦子さまから頂けるものなら、どんなものでも嬉しいです」
「またそんなことを…」
蔦子さまとて、まんざらでもない様子。そりゃ誰だって、自分のプレゼントが相手を喜ばせれば嬉しいものだろう。かばんの中から、何冊かの本を取り出す。
「いまさら、かも知れないんだけど、部屋の大掃除をしていたら出てきたんだよね。私にはもういらないものなんだけど、もしよかったら笙子ちゃんにどうかな、と思って」
どうやら、カメラの専門書らしい。そのいずれも決してきれいな状態とは言えないけど、それは「使い込まれた」という表現が正しい、そんな本たちだった。
「わぁ…ちょっと、中見てみてもいいですか?」
「もちろん」
そのうちの一冊を手に取る笙子。中を開いてみると、あちこちにチェックがしてあったり、書込みがあったりと、そこには蔦子さまの息吹が感じられた。
「なんか、汚い本で申し訳ないんだけど…」
「そんな、汚いなんてとんでもない。でも、これ、本当に頂いていいんですか?色々書き込みもあるみたいですけど…」
「うん。大丈夫。全部ここに入ってるから」
そう言いながら、自分の頭を指差す蔦子さま。
「ありがとうございます。本当に嬉しいです」
新しい本よりも、蔦子さまが実際に使っていた、しかも蔦子さま自身の思いがつまった本の方が、笙子にとっては何倍も嬉しかった。もしかしたら、生まれてから今までで一番嬉しいプレゼントかもしれない、そんな風に笙子が思っていると、蔦子さまがなにやら言いにくそうに、視線を泳がせていた。
「?どうかなさいましたか?」
「あ、えっと…実はもう一つ、プレゼントがあるんだけど…」
「え?本当ですか?」
これだけでも十分お腹一杯なのに、これ以上何か貰っていいものなのだろうか。でも蔦子さまは、プレゼントがあると言ったっきり、まだ何かためらっているような様子がある。
「…蔦子さま?」
「え?あ、ああ、えっと、ごめん。その…目を、閉じてもらえないかな」
「はい…?えっと、わかりました」
なんだかよくわからないまま、言われた通りまぶたを閉じる笙子。がさがさと何かを取り出すような音がした後、笙子の顔の横から肩の方へと、蔦子さまの腕が通り過ぎた気配がした。
「…え?」
そして、首筋に感じられる、冷たい感触。肩に感じていた、蔦子さまの手の感触がなくなる。
「目、開けていいよ」
目を開けて、まず目に飛び込んできたのは、そっぽを向いて、顔を赤く染めている蔦子さま。窓から差し込む夕日のせいだけとは思えない。そして、視線をゆっくりと、自分の胸元へと向ける。
「蔦子さま…これは…」
「どうだろう、受け取って…もらえるかな…」
いつになく自信なさげな蔦子さま。蔦子さまがこんな表情をするなんて、そうめったにあるものじゃない。
「…ロザリオ、だけですか…?」
「え?」
「頂けるものは、ロザリオだけ…ですか?」
そんなはずはない。「ロザリオだけ」のはずはないとは思うけれど、笙子は蔦子さまの口から、はっきりと答えを聞きたかった。
「ううん。違う。ロザリオだけじゃない…」
そこで一度言葉を切り、改めて笙子の方に向き直って、蔦子さまは、静かに言った。
「笙子ちゃん。私の妹に、なってくれないかしら」
笙子にとってその言葉は、今までのクリスマスプレゼントの中でも、一番嬉しいプレゼントだった。答えなんて、決まってる。
「…ありがとうございます。最高の、クリスマスプレゼントです」
「よかった…ありがとう、笙子ちゃん」
そんな蔦子さまの笑顔が、とても嬉しい。その笑顔の理由が自分だと思うと、とても嬉しい。笙子は、その蔦子さまの笑顔を心のネガにしっかりと焼き付けた。
「あ、あの!私からも一つ、プレゼント、いいですか?」
「え?あ、うん」
「じゃあ、目を閉じてください」
目を閉じてくれた蔦子さまの顔に、自分の顔をそっと近づける。蔦子さまの息を感じながら、笙子は自分の唇を、蔦子さまの唇に重ねた。
 どのくらいそうしていたのだろう。実際は十秒くらいのことだったのだろうけれど、二人にとっては永遠とも、一瞬とも思える時間が過ぎ、やがてお互いの顔が離れる。二人とも顔が真っ赤になっているのは、間違いなく夕日のせいなんかじゃない。
「…あ、あの…。ご迷惑…でしたか?」
「そんな、とんでもない。最高のクリスマスプレゼントよ」
顔を真っ赤に染めながら、それでもしっかりとお互いの顔を見つめ、微笑みあう。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか、…笙子」
「…はい、お姉さま」
手をつないだ二人の影がイブの夕日に照らされて、どこまで長く、のびていた…。





…………ジジジジジジジジジジジジジジジジ!! カチッ。
(……もう、朝?)
ベッドから手を伸ばし、わめいている目覚ましを止める。そこは、紛れもなく自分の部屋、自分のベッド。
(………夢…か…)
夢の内容を思い出して、指で自分の唇を撫でてみる。
「私ったらなんて夢を……」
思い出しただけで赤面してしまいそうだ。カレンダーを確認してみると、今日は十二月二十五日、二学期も今日で終わりだ。このまま布団の中へと逆戻りしたくなる誘惑に抵抗しつつ、のそのそとベッドから這い出る。明日から早起きしなくてもいいんだと思うと嬉しい反面、ちょっと寂しい気もする。手早く身支度をし、朝の食卓へ。
「おはよう、お母さん」
「おはよう、笙子」
いつもと同じ朝食も、今日で二学期が終わりだと思うといつもよりおいしく感じられる。もちろん、そんなものは気のせいだけど。
「笙子も明日から冬休みだっけ?」
「うん」
「冬休みだからって、あんまりお姉ちゃんみたいに寝坊しちゃ駄目よ」
大学の方は一足先に冬休みに入っていて、冬休みに入って以来、笙子は朝の食卓で克美の顔を見ていなかった。
「もう。私だってもう高校生なんだから。いつまでも子供扱いしないで」
「はいはい。わかったから早く食べちゃいなさい。あんまりゆっくりしてると遅刻するわよ」
時計を確認してみると、確かに結構いい時間だ。急いで朝食を済ませて、鞄をつかむ。
「じゃあお母さん、いってきまーす」
「はーい、行ってらっしゃい」
ドアを開け、どこまでも青く澄んだ冬空を見上げる。冬の日差しに照らされて、笙子の胸元で揺れるロザリオが、小さく光った。

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