プロローグ:思いつきは何時も唐突!?
「そう!野球だわ!」
秋風が北風に変わろうとする時期、新聞部に騒動の来襲を告げる声が響いた。もちろん、声の主は新聞部前編集長、築山三奈子さま、その人である。
「挨拶も抜きにいきなり何をおっしゃってるんですか」
そんな声に冷静に突っ込みを入れるのは、新聞部編集長、山口真美。これもまた、いつもの光景といえばいつもの光景だ。
「秋といえばスポーツ、スポーツといえば野球でしょ!」
「…そうでしょうか。そもそも、そろそろ冬という季節じゃないかと思うのですが」
確かに、日本シリーズが終わったばかりの時期とはいえ、北国からは初雪の便りも聞こえてこようかという季節、秋というにはちょっと遅すぎる気もする。
「う、うるさいわね…。私なんか、昨日部屋で蚊に刺されたのよ?そんな冬があっていいと思う?これは、百歩譲ってもまだ秋ね!」
「…意味がわかりません…」
物好きな蚊もいたものだ、とちょっと思ったけど、口には出さない。
「意味なんてないわ!薔薇の館vs一般生徒連合!仁義なき戦いよ!」
「はぁ…。でも、薔薇さまたちが協力してくださるかどうか…」
なんと言ってもお姉さまには「バレンタインイベント」という前科がある。結果として開催はできたものの、あの時も開催にこぎつけるまでずいぶんと苦労したはずだ。
「そこは、当って砕けろ、よ!」
「…砕けてどうするんですか…」
砕け散った破片を拾い集める立場にもなって欲しい。
「いっちいち細かいわね、禿げるわよ」
「…お姉さま、酷いです…」
「ともかく行くわよ!いざ、薔薇の館へ!」
「あ、ちょ、ちょっとお姉さま…」
薔薇の館へと引っ張られていきながら、真美はただ、平穏な日々が戻ってくることを願うことしかできなかった。
「と、いうわけで、『薔薇の館vs一般生徒連合、秋の大野球大会』を催したく、そのお願いに上がったわけよ」
結局、勢いのままに薔薇の館に乗り込んだお姉さまと真美を迎えたのは、薔薇さまたちの困惑顔だった。
「『というわけで』と言われても、どういうわけだかさっぱりわからないわ…」
「バレンタインイベントよりは健全だとは思うけど…。そもそも、今の薔薇の館には六人しかいないわよ」
困惑顔というよりも呆れ顔のロサ・キネンシス、薔薇の館をぐるっと見回して鋭い指摘をするロサ・フェティダ。お二人が言ってることは至極もっともだ。
「そこは、前薔薇さまたちのお力などを借りられれば、と思ってるのだけど」
「お姉さまたちなら、喜んで手伝ってくれそうではあるわね…」
そうつぶやくロサ・フェティダ。確かに、先代の薔薇さまたちはこういった話は好きそうだ。バレンタインイベントの時を思い出しながらそんなことを思う。そう思って薔薇さまたちの様子を見ていると、思わぬところから助け舟が入った。
「私は面白いんじゃないかと思う。やっぱり、秋といえばスポーツの秋だし」
「だけど由乃さん、私、野球なんてやったことないよ?」
「大丈夫!私だってやったことないから」
「それは大丈夫と言うのでしょうか…」
さすがはスポーツ大好きの由乃さん。その無謀にも思える自信は一体どこから出てくるんだろうか。祐巳さんも乃梨子ちゃんもちょっと引いちゃってる。
「いいじゃないの。どうせほとんどみんな素人なんだし。三奈子さまももちろん参加されるんですよね?」
「え?え、ええ、それはもちろん」
あ、お姉さま、ちょっと腰が引けてる。さすがは由乃さん、なんて他人事のように思っていると、矛先が真美のほうにも向いてきた。
「真美さんも出るんでしょ?」
「は?え?えっと…」
話の流れとしては真美も出るのだろうが、改めて言われると戸惑う。出なくてもいいのなら出ないのだが…なんて考えていたら、案の定お姉さまから止めを刺された。
「もちろん出るわよ。姉の私が出させるわ」
「お、お姉さま…」
…やっぱり、出なきゃいけないのか…と、少し肩が落ちる。いまさらではあるけれど。
「お姉さまも、いつも竹刀じゃ飽きるでしょ?たまには別のものを振り回してみるのも、気分転換になるんじゃない?」
「え?う、うーん…」
「私、お姉さまのかっこいいところ、見てみたいなあ」
「そ、そこまで言われると…」
ノリノリの由乃さんに押され気味のロサ・フェティダ。こうして見ていると、改めてこの姉妹の力関係がよくわかる。そのまま押し切られそうなロサ・フェティダの様子を見て、ロサ・キネンシスが慌てて止めに入った。
「ちょっと令?勝手に話を進めないで頂戴。そもそも、まだ人数も足りてないわよ」
そんなロサ・キネンシスの制止にも由乃さんはひるまない。
「そこは、江利子さまたちか、もしくは瞳子ちゃんや可南子ちゃんあたりを巻き込めば何とかなると思います。ね、祐巳さん、志摩子さん」
「え?ええ…」
「私も頭数に入ってるの?」
「何言ってるの志摩子さん、当然でしょ?」
スイッチの入ってしまった由乃さんとお姉さま。こうなってはもう誰も止められそうにない。真美はとりあえず静観することにした。
「とにかく。現状では人数の目処も立ってないわけだし、すぐにお返事をすることはできないわ」
そう言って話を切り上げようとしたロサ・キネンシスの言葉に、お姉さまの目が光った。
「じゃあ、逆にいうと人員の問題さえクリアできれば、OKと考えていいのね?」
「え?ええ、まぁ…」
お姉さまの言葉に押されるように、思わず頷いてしまうロサ・キネンシス。薔薇さまを向こうに回してこの迫力というのは、やっぱりお姉さまの迫力はただものではない。
「わかった。もう一度、調整してみるわ。また連絡する。それではごきげんよう」
そう言って立ち上がったお姉さま。その後を追って私も薔薇の館を後にした。
「お姉さま…どうするんですか?」
「まぁ見てなさい。ちゃんと策は考えてあるわ」
何がお姉さまをそこまで駆り立てるのか正直よくわからないけど、こうなったらとことんまで付き合うしかないなと、腹をくくった真美だった。
お姉さまの動きは速かった。薔薇の館に乗り込んだ翌日には、真美と二人、リリアンの大学食堂にいた。
「ごきげんよう、三奈子さん。珍しいわね、あなたから呼び出しなんて」
もちろんそのお相手は、前ロサ・ギガンティアこと佐藤聖さま。思ってもいなかったであろう相手からの呼び出しに、いぶかしがるよりむしろそれを楽しんでいるような表情を浮かべている。
「お呼び立てして申し訳ありません、ロサ…あ、いえ、聖さま」
「で、どういったご用件で?」
「実は、この度『薔薇の館vs一般生徒連合、秋の大野球大会』を催したいと思いまして、それで聖さまや蓉子さま、江利子さまにも是非ご協力を頂きたいなと…」
「…そりゃまた唐突ね。そもそも、メンバーはそろうの?」
「一般生徒連合については、問題ないと思っています。薔薇の館に関しては、三人の薔薇さまと三人のブゥトン、あと、聖さま・蓉子さま・江利子さまのお三方でいかがかと」
もし本当にそのメンバーがそろうとすると、随分と豪華なメンバーになる。さしもの真美も、ちょっと見てみたいな、という気分になってきた。そんなことを思いながら聖さまの表情をうかがうと、なにやら考え込んでいる様子。もしかしてその気になってしまってるのだろうか。
「ふーん…確かに九人にはなるわね。でも、私たちみたいな年寄りが混じるのは、戦力のバランスとかを考えるとおいしくないわね…。いいわ、そこは私が調整してみましょう」
「え?じゃあ、ご協力いただけるんですか?」
「ま、面白そうだしね。蓉子や江利子もこういうの、好きだと思うよ。いいわ、協力してあげる」
「本当ですか?ありがとうございます!」
お姉さまの表情が輝く。これで薔薇の館は落ちたも同然だろう。
「ちなみに、志摩子たちはこの話知ってるの?」
「はい。メンバーさえそろえば、というところまでは話が進んでいます」
「ふーん…じゃあ、一度薔薇の館に行ってみますかね…」
「私もご一緒しましょうか?」
「そうね。蓉子や江利子にも声をかけてみる。また連絡するわ。三奈子さんと真美さんは、とりあえず一般生徒チームの方をお願い」
「わかりました。ありがとうございます!」
こうして、お姉さまの思いつきから始まった話は、OGを巻き込んでの騒動へと発展していったのであった。
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