零回表:メンバーを探せ!
前薔薇さままで巻き込んでの話になってしまった以上、話は進めていかざるを得ない。お姉さまと共に、真美は「一般生徒連合」の選手選抜を始めた。
「お姉さま…本気ですか?私、野球なんてやったことないですよ…」
「大丈夫!私も素人だから!」
相変わらず無駄にテンションが高い。ここまでテンションを維持して息切れしないのは、本当にすごいと思う。
「…全然大丈夫じゃないじゃないですか…」
「あ、あと日出実ちゃんはメンバー確定ね。これで私とあなたを含めて三人確定」
指を三本立てて、真美のほうに突き出してくる。本人の意思は…無視されるんだろうな。
「…日出実がうんと言うかどうかはわかりませんよ…?」
「そこは、あなたの腕の見せ所。さ、まずは写真部から行くわよ!」
行くわよ!というまでもなくそこは既に新聞部室の前。ノックをして入るとそこにはいつも通り蔦子さんと…。
「ごきげんよう蔦子さん。あら?もしかしてお邪魔だったかしら?」
ちょっとからかうような口調でお姉さまが声をかけたその先には、蔦子さんと笙子ちゃんの姿があった。まだスールにはなっていないらしいが、傍目から見るとスール以外には見えない。
「ごきげんよう、三奈子さま。お邪魔なんてとんでもない。三奈子さま直々にお越しとは、今回はどういったご用件で?」
にこやかに対応する蔦子さんの顔には、邪魔するなよ、と書かれている。笙子ちゃんはもっと露骨だ。眉間にしわが寄っている。真美は、とりあえず心の中で手を合わせておくことにした。そんなことに気づきもせず、いや、気づいているのかもしれないけど鮮やかに無視して、お姉さまはいきなり本題を切り出した。
「実は、山百合会のメンバーと野球をすることになって、その選手を集めているのだけど、蔦子さんにも是非加わっていただけないかな、と思って」
「…は?」
あ、凍った。蔦子さんの、ここまで間の抜けた顔というのは早々お目にかかれるものじゃない。
「今、野球とおっしゃいましたか?」
「ええ、野球。ベースボール。ボールで問い、バットで答える、あのスポーツよ」
「それはまた唐突な…。私、野球なんてやったことありませんよ?」
「そこは大丈夫、みんな素人だから!蔦子さんのその頭脳を生かして、キャッチャーを是非」
「はぁ…?眼鏡かけてるのにキャッチャーですか?」
多分お姉さまの頭の中には、某球団の名キャッチャーのことがあるのだろう。
「ポジションのことはともかく、お願いよぉ…。まだ面子が三人しか集まってないのよぉ…。人助けと思って、お願いっ!」
正確にはまだ二人ですけどね、と心の中で突っ込んでおく。そんなお姉さまの様子を見て、蔦子さんはため息をつきながら答えた。
「…わかりました。お手伝いしますよ。お役に立てるかどうかはわかりませんけど」
「さすが蔦子さん!ありがとう、恩に着るわ!」
引きまくってる真美と蔦子さんをよそに、一人喜色満面のお姉さま。ご満悦は結構だけど、まだ四人目ですよと心の中で突っ込んでみる。
「あっ、あのっ!」
「ん?あ、笙子ちゃん」
そんなご満悦モードのお姉さまに声をかけたのは、半ば存在を忘れられていた笙子ちゃん。なにやら全身から並々ならぬオーラが出ている。
「あのっ!わ、私も参加したいんですけど!」
「え?本当に?笙子ちゃん、もしかして野球やったことあるの?」
目を輝かせて言うお姉さまに、笙子ちゃんの容赦ない一言。
「いえ、まったく!今までキャッチボールもしたことありません!」
がくっと膝を折るお姉さま。その気持ちも、わからなくもない。あの勢いだと、思わず期待してしまうのは無理からぬことでしょう。
「でもっ!やる気はあります!皆さまも初心者という事ですし、この際経験の有無は関係ないのでは?」
「そ、そうね…じゃあ、よろしくお願いするわ」
「はい!一緒に頑張りましょう、蔦子さまっ」
「ぇ?え、ええ…」
なるほど、そういうことか。こんな笑顔を間近で見せられたら、蔦子さんが陥落するのも時間の問題かな、なんてことを思いつつ、真美は残りのメンバーに思いをはせていた。
「祐巳ちゃん、久しぶり!」
「えっ…?って、ぎゃー」
いきなり後ろから抱きつかれ、思わず悲鳴をあげてしまう。なんか、凄く懐かしい気分だけど、できればご勘弁願いたい。
「あははー、相変わらずの怪獣っぷりだね、祐巳ちゃん」
「聖さま。私の妹には手出し無用と申し上げたはずですが?」
「はて…そんな昔のことは忘れたわね」
「まったく…祐巳もはしたないわよ」
呆れ顔のお姉さまにそうたしなめられる。ああ…被害者は私なんですけど…。
「まあまあ祥子。あれは聖の病気みたいなものだから許してやってよ。それはそうとして、元気にしてた?」
「はい、お姉さま。ご無沙汰しておりました」
一転、穏やかな表情で蓉子さまと挨拶を交わすお姉さま。その表情はまさに、妹の表情そのものだった。やっぱり蓉子さまは祥子さまのお姉さまなんだな、なんて実感する。
「お姉さま、お久しぶりです」
「うん、久しぶり。元気そうだね」
「はい。おかげさまで」
こうやって志摩子さんと話をしている聖さまを見ていると、あの「セクハラ親父モード」の聖さまと同一人物とは思えない。
「令、由乃ちゃん、久しぶり…って程でもないか。剣道大会のとき以来ね」
「はい。その節はありがとうございました。…由乃、どうかしたの?」
江利子さまの「剣道大会」という言葉を聞いて表情を曇らせた由乃さんを、怪訝な表情で見やる令さま。
「え?うん、いや、なんでもないです」
江利子さまとの賭けのことを思い出していたのだろう。由乃さんも何かと大変だ。
「それでお姉さま、今日はどうなさったんですか?急に呼び出しだなんて」
一通り再会の儀式を済ませると、全員の気持ちを代弁するようにお姉さまが言った。そう、祐巳たちは蓉子さまたちからの呼び出しということで、今日はここに集まっている。その呼び出しの対象には、祐巳たちだけではなく、何故か可南子ちゃんと瞳子ちゃんまで含まれていた。
「それに関しては、聖から説明があるわ。聖?」
「ん?ああ、そうだった。と言っても、大方想像はついてるんじゃない?」
そう言ってにやりと笑う聖さま。その表情を見て、可南子ちゃんと瞳子ちゃん以外の顔に「まさか」という表情が浮かぶ。
「三奈子さんから聞いたわ。何か面白いイベントが企画されてるらしいじゃない」
「…それは…」
さしものお姉さまも歯切れが悪い。令さまはおろおろしているし、由乃さんは元々野球大会に乗り気だったし、志摩子さんや乃梨子ちゃんはどこか他人事みたいな雰囲気だし、可南子ちゃんと瞳子ちゃんはそもそも何の話だかわかっていない。もちろん、祐巳にもどうすることもできない。
「で、君たちにも来てもらったわけだ。細川可南子さんに、松平瞳子さん」
「「はい?」」
急に名前を呼ばれて、図らずも返事がハモってしまう二人。
「あれ?聞いてない?新聞部の企画で、薔薇の館連合と一般生徒連合で野球大会をしようっていう話が出たらしいんだけど、薔薇の館連合の方がメンバーが足りないのよね。で、お二人にも是非入っていただこうと、こう思って今日来てもらったわけだ」
「…や、野球ですか?」
瞳子ちゃんの目が点になる。そりゃそうだろう。呼び出されたと思ったらいきなり野球なんて、普通の人なら驚く。
「バスケならやってるんですが…」
「ほぉ、可南子ちゃんはバスケをやってるんだ。じゃあ、ピッチャーよろしくね」
「は、はい?」
今度は可南子ちゃんが絶句する。聖さまも言うことが大胆だ。
「あ、でも、可南子ちゃんのピッチャーって、ちょっと見てみたいかも…」
長身の可南子ちゃんがマウンドで振りかぶってるシーンはさぞ絵になるだろう。祐巳がそうつぶやくと、可南子ちゃんの目の色が変わった。
「やります。投げます」
その場全員の視線が可南子ちゃんに集まる。由乃さんなんか、何故か祐巳と可南子ちゃんのほうを見てニヤニヤしている。
「お、さすが可南子ちゃん、話が早い」
そしてご満悦の聖さま。
「ちょっ、可南子さんっ?あなた一人で何を勝手なことを!」
「…私が投げる投げないなんて、瞳子さんには関係のないことでしょ」
ぐっと言葉につまる瞳子ちゃん。そんな瞳子ちゃんをちらっと見ながら聖さまは言った。
「これで七人目確定、と。あと二人ね…」
「私も参加しますわ!」
凄い勢いで立ち上がった瞳子ちゃん。今度は一同の視線が瞳子ちゃんに集まる。
「ちょっと瞳子ちゃん?あなた、野球なんてやったことあるの?」
お姉さまが慌てて瞳子ちゃんに聞く。そりゃ慌てもするでしょう。このままだと後一人で九人そろってしまう。
「もちろんありません。でも、相手もそれは同じでしょうし」
「そうそう。こういうのはやることに意義があるのよ。さすが瞳子ちゃん」
事が思惑通りに進んで、聖さまは嬉しそうだ。一方、薔薇の館組はやる気満々だったり、おろおろしてたり、色々忙しい。
「でも聖さま。あと一人はどうするんですか?仮に私たち六人と、瞳子ちゃん、可南子ちゃんがそろっても八人しかいませんけど」
ふと我に返った由乃さんが指摘する。確かに、これで確定したメンバーは八人。野球をするにはもう一人必要だ。
「聖さまか蓉子さまか江利子さまが入られるんじゃないんですか?」
「でも、そうすると残りのお二人は…」
由乃さんの疑問ももっともだ。いかにもバランスがよろしくない。
「ああ、私たちは出ないわ。一応審判として参加しようかとは思っているけど」
そう言いながら蓉子さまは聖さまと江利子さまに視線を送る。その言葉を裏付けるように、お二人は頷いた。
「では、後一人は…」
「それについては、江利子に考えがあるらしいの」
令さまの疑問に、そう答える聖さま。みなの視線が江利子さまに集まる。
「うん。由乃ちゃん、あの子とはその後どうなってるの?」
「え…だ、誰のことでしょう…」
「いやねぇとぼけちゃって。えっと…有馬菜々ちゃん、だったっけ?あの子よ」
江利子さまの口から出てきた名前に、由乃さんの顔色が変わる。
「あ、ああ、彼女のことですか。彼女は…」
「とりあえず声かけてみてよ。といっても、まさか『お姉さま』からの話を断るような子じゃないわよね」
挑発を重ねる江利子さま。こうなると由乃さんに勝ち目なんてない。
「も、もちろんですわ。おほほほほ…ほ…」
あーあ、由乃さん、引きつっている笑顔がちょっと痛々しい。
「じゃあ、とりあえずこれでメンバーの問題は解決しそう、ということでいい?」
江利子さまと由乃さんの戦いが終わったことを見届け、聖さまが言う。
「え…ええ…」
「じゃあ由乃ちゃん、菜々さん…だっけ?そっちの方はよろしくね。日程なんかはこっちである程度調整しちゃっていいかしら?」
「……お任せします」
溜息をついて答えるお姉さま。さしものお姉さまもことここに至り覚悟を決めたようだ。
「じゃ、そういうことで。みんな頑張ってね」
そう言い残して、聖さまたちは薔薇の館を後にした。
「で、どうするの?祥子」
「どうもこうもないわ。こうなったらやるしかないでしょ。やるからには負けるわけにはいかないわ」
出ました。お姉さまの負けず嫌い。
「その通りです祥子さま。やるからには勝利あるのみです」
由乃さんもスイッチが入ったようだ。
「由乃ぉ…本当に大丈夫なの?」
「ちょっと令ちゃん、もっとしゃきっとしてよ。主砲として活躍してもらわないと困るんだから」
一方令さまはそんな由乃さんにおろおろ。相変わらずだ。
「結局、野球をすることになったようね」
「そのようですね…」
白薔薇姉妹はいまだ実感が湧かない様子。
「可南子さん、あなたには負けませんわよ」
「瞳子さん・・何を勘違いしてるんですか?敵は私じゃないと思いますけど」
「う、うるさいですわね。そんなことわかってますわ」
可南子ちゃんと瞳子ちゃんは、何故か別方向でヒートアップ。
「ちょっと祐巳?あなたも覚悟を決めなさい。やるからには敗北なんて許されないわよ」
「は、はい、お姉さま」
そんな面々の表情を見ると、少し頭が痛くなる祐巳だった。
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